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『釣り上げては』





食器棚や押し入れに


しまっておくものじゃない


記憶は 


ひんやりした流れの中に立って


糸を静かに投げ入れ 


釣り上げては


流れの中へまた放すがいい





アーサー・ビナードの「釣り上げては」より。






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2ヶ月程前に私がいつもお世話になっているご婦人の

ご主人が亡くなられた。

通夜も告別式も行わずにご身内だけで見送られたので

皆、お悔やみを差し上げる機会を失っていて

お会いする度に痩せて小さくなっていく身体と

声を掛けるとすぐ涙を浮かべてしまうその姿を見て

慰めの言葉もかけられずにいた。





そのご婦人が、

お食事会をするからとご自宅へ招いて下さった。

GWの最終日だったけれど

亡くなられたご主人を悼み、お慰めになればと

10名近くの人たちが

ご夫婦が長年暮らしていた

メゾネットのマンションの広いルーフバルコニーで

夜空を見上げながら

ご婦人の手料理とワインで話しに華を咲かせた。

昨年同じ季節にそのお宅を訪れた時には

夏の花だったバルコニーいっぱいの花は、

まだ春の花だったけれど

奇麗に手入れをされていて

お花の世話をする元気だけは失わずにいて下さったのだと

少しだけほっとした。






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冒頭の詩はそのご婦人が共感と感動を受けたという

アメリカ人による日本語の現代詩だ。

ご婦人はこの詩を心に刻みつつ、

ご主人の遺品の整理をこころがけているそうだ。

ご主人の記憶をたぐり寄せ、釣り上げてはまた放し

今の混乱の中ではなく、

ゆるやかにひんやりとした流れに立って

いつか彼女自身が終焉したとき、
 
ご子息あるいは幾人かの人が今度は彼女の記憶を手元にたぐり寄せる。

それで良いと。

胸のさわぎ、圧迫感もこころなし落ち着き、

乗り越えて前に少しづつ歩み行けそうにも思えてくると。







まだまだ、時間がかかりそうだけれど

お元気になってほしいと思う。

私はこの日も慰めの言葉はかけてあげられず

言葉の代わりの白いアレンジのお花を手渡し

皆との会話の流れに身を委ねて

そしてお宅を後にした。






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相変わらずのパグズとのせわしない毎日だけれど

夜空を見上げながら宇宙の流れに自分自身を置いてみる。

そうしたものかもしれないと思う。

記憶は時の流れに任せて流しては釣り上げて

流しては釣り上げて

それを繰り返し、やがては釣り上げる人もいなくなって

宇宙の一片として生まれてほんの一瞬だけ生きた私は

やがては宇宙の彼方に流れ消え去っていくものなのだろうけれど

今はまだ、泣き、笑い、怒り、悩み、考え、呼吸している私は

今はまだ生き生きして、私にまとわりつくこの子たちとの日々の記憶を

食器棚や押し入れにしまったりはしないで

いつでも思い立った時にクリックするだけで

一瞬で鮮明な色をした大きな魚を釣り上げられるかのように

書き留めたいと思う。





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