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土曜日は旅の記憶 Vol.15『モルジブの青い波間に漂って。』







母親に愛されないで育った子供は

甘えるのが下手な大人になるという。





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自分自身に自信が持てずに

「ごめんなさい。」という言葉ばかり口にする

大人になってしまうという。





母親に引きずられて押し込められた

真っ暗な押し入れの中の記憶と

モルジブの青い海の底の記憶が重なる。






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モルジブは、1月16日更新のエントリ記事

土曜日は旅の記憶 Vol.1 『フラナという名の島』で記述したように、

珊瑚礁から成る小さな島々が1,200程集まってできた国で、

そのほとんどの島が徒歩で周囲を一回りするのに

10分~30分しか必要としない小さな島だ。

人の住む島は1,200島のうちの約200島。

リゾート島は約100島。






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小さな島が集まってできた群島国家のモルジブの

最大の魅力はもちろん島と海にある。

珊瑚礁が隆起して出来た島のひとつひとつが小さいので

ビーチからサンゴの群生までの距離が驚くほど近いのだ。

手を伸ばせば届く程の距離にある珊瑚の林には

たくさんの色とりどりの魚達が群れている。

魚の種類や数も豊富で魚好きには、たまらない魅力のある楽園だ。






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どこまで歩いても膝までの深さにしかならない

遠浅の海を持つリゾート島もあるのだけれど

大抵のリゾート島では、ボートを出してもらう必要も無く

自分たちが宿泊しているコテージの部屋から

水着になって海に入れば簡単に珊瑚と珊瑚に戯れる魚たちを

目にすることが出来る。





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例えば2008年8月に姉と二人で旅をした

私にとって7度目のモルジブ行きになったこの島では

上の写真の右側、赤い矢印で示した

海の色が変わっている部分から珊瑚が群生していて

中央左寄りの黄色い矢印で示したあたりから

ドロップオフと呼ばれる地形になっている。

(ドロップオフ=サンゴ礁の外縁などで、数十メートルから
 数百メートルの深みに垂直に落ちこんでいるところ。)







特にこのリゾート島はドロップオフがビーチから近く

珊瑚も豊富なので多くのダイバーやスノーケラーから

愛されている。






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レストランのテラスからほんの数メートルの海中は

こんな感じ。

海の深さは身長156cmの私の腰くらい。

干潮時には珊瑚の一部分が水面から顔を覗かせてしまうほどの

浅い海だ。





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スノーケリング3点セットを身につけて

バシャバシャとビーチからほんの15メートルも泳げば

その浅い海が急に30m~50mの深みに落ち込んだ

ドロップオフとなっている。

上の写真では、小魚が群れている付近がドロップオフになっているのだけれど

泳ぎの苦手な私にも簡単に青く深い海の底が

見渡せてしまうので、楽しくて仕方がなくなるのだ。

その結果、モルジブでは飽きること無く

一日中、海に浮かんで過ごしてしまうことになる。

この数枚の海中写真は

水中用の『写ルンです』で撮影した。








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17年前の夏に当時8歳の二男と

母子二人だけでこのモルジブという国を訪れて以来

私はその国、その島々の虜になった。







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甘えることの少ない人生だった。

18歳で生家を飛び出し、誰一人頼る人のいない東京へ出てきた。

学費は出してもらえたものの

東京で私に与えられた部屋は畳3枚分の広さの部屋。

家賃は8千円。

小さな流しとガスコンロがひとつ、

風呂は無くトイレは共同の天井裏でネズミの走る音が聞こえる

雨漏りのする汚い部屋だった。

それでも、学費だけは出してもらえたのだもの

大好きな姉は高校卒後進学させてもらえなかったのだもの、

一人前にならなければ、郷里の両親や姉に申し訳ないと

学校とアルバイトの両立の生活を続けた。

一緒に上京してきた友人がひとりふたりと郷里に帰る様を見ては

自分だけは「負けるものか。」と

必ず卒業して、必ず就職して、目指す仕事に就くのだと

毎日のように徹夜で課題をこなしていた。





けれども、頼れる人が欲しかった。

いつでも誰かに甘えて生きていたいと思っていた。






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結婚した夫は夢追い人で生活力がなく

彼に甘えることなど出来ずに、二人の男の子を育てるためには

私が一人で働いて育てていかねばならないと決意したその日から、

母子家庭の子供にしてしまった子供達への罪の意識や、

周囲の目や、誰にも助けを求められない辛さで

苦しくて悲しくて、朝になってもこのまま目が覚めなければいいのにと思い

幾度となく泣きながら眠りに付く時に、いつもモルジブの青い海を想った。

負けないで生きていけばあの島にもう一度行けるんだ。

あの島に行ってたくさんの魚達ともう一度戯れるんだ。

願うことなら、磯巾着の触手に守られる小魚のように

誰かに守られて生きていきたいのだけれど、

その願いが叶うことない人生ならば

せめて、強くなって人並み以上の幸せをこの手で掴んでやるんだと

言い聞かせながら生きてきた。






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モルジブの海に浮かび

珊瑚や魚達を見て過ごすこと。






それが私の生きる支えだった。






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2008年8月に旅して以来モルジブへは行っていない。

8度目のモルジブ旅行はいつの日になるのか。






できることなら今すぐにでも旅立って

青い海の波間に漂うひとかけらの藻屑となって

その波に優しく身体を撫でられながら

供宴の声が響く岸辺に決して打ち上げられることなく

人の手に掬い上げられることもなく

深く澄み切った海の底を見つめ

「ごめんね。」とつぶやきながら

いつまでも漂い続けていたいものだと思う。








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