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皆、たまたま生かされただけ。






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これは日和山から見下ろした

南浜町と門脇の町。

2ヶ月振りに訪れた、子どもの日のこの日でも、

桜がまだ少し残っていて、ジャケットが必要なほど

肌寒かった。







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ここから見える風景が少し変わった。

海岸に沿って平行に

大量の廃車、大量の瓦礫置き場が出来ていた。







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写真右上に見えるのが瓦礫の山。

地面から見上げると

真っ黒い壁になっていて、それが津波を連想させて

ちょっと怖い。

それから中央に見える道路。

満潮時の冠水に悩んでいたこの道路が、かさ上げされ高くなっていた。

市民の生活道路として、震災後も普通に利用されている道路だから

塩水で車を濡らさずに通行できるのは

とってもありがたい。






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私の歳若い従妹は、震災発生時に

日和山と呼ばれる、この山に逃れて助かった。

地震が起った時に、石巻工業港の湾岸道路を

車で走っていた従妹は

車を止めて、揺れが静まるのを待った。

揺れが静まった後に

東松島市・矢本地区にある自宅に帰ろうか、どうしようかと悩んだ。

防災無線はまったく聞こえなかった。

(鳴っていたのかもしれないが、記憶にはないらしい。)

その時に1台のトラックが、猛スピードで

従妹の車を追い越して行った。

とっさに従妹は、そのトラックの後に続いた。

「山に向っている。」

家に帰ろうとの迷いは吹飛んで、日和山に逃れた従妹は

山の上から津波に呑まれていく車を何台も見たそうだ。




一瞬の出来事だった。

もしあの時、トラックが従妹の車を追い越して行かなければ

従妹は矢本の自宅に帰る途中で、車の渋滞に巻き込まれて

車ごと津波に呑まれ、生きていなかっただろう。

命があるのは、たまたま、本当にたまたまだ。








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石巻では日和山も、違和感を感じる場所のひとつだ。

この日も大道芸人のライブや

ボランティアさんの屋台などで、お祭りのように

にぎわっていた。

旅行会社が企画する、泥出しボランティアツアーバスは

ボランティア作業の前に、この日和山に立ち寄って

石巻の街を一望するらしい。

その観光バスを見かけて

『観光客』が日和山に来ていると勘違いして

憤慨している市民もいる。






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平常と被災が混沌とした場所。

この大勢の人たちの中にも

あの日に、たまたま救われた命がある。

姉も、姪も、甥も、あの日に石巻にいた知人たちの全てが

運・不運などではないと、口を揃えていう。




「たまたま、生かされただけだから。」








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