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偽善と言われても、無関心でいるよりずっといい。




震災発生時に日和山に向って、津波の難を逃れた従妹は

避難所を3か所も転々とした。

浸水被害にあった家の修理が終わるまで、実家で暮らすようにと、

姉が勧めたけれど、避難所の他の人たちに遠慮して、

つい最近まで、避難所暮らしを続けた。


「何もしてあげられなかったから

 家の中のものを揃えるのに、少しだけど使ってね。」


独り住まいの従妹の家の片付けを、手伝ってあげられなかったことや

避難所に訪ねて行けなかったことが申し訳なくて

心のなかで謝りながら、お見舞いを渡した。



姉の手作りの夕食を、実家の居間のテーブルを囲んで

従妹や義兄、甥、姪と一緒に食べた。

賑やかな食事の話題は、やはり震災のこと。

みんな本当に大変な思いをして、

大変な状況の中で暮らしているのだと、つくづく思う。

従妹が帰った後、姉に、従妹に渡したお見舞いの金額を話したら

「大丈夫なの?」と心配された。

大丈夫じゃないかもしれない。

この震災では、実家の救援や、募金・義援金、物資の寄付、お見舞い、

交通費・レンタカー代等で予定外の出費がかさんだ。



「今年は新車を買う予定だったから。

 そのお金を使っているだけだからね。

 車はいつでも買えるから。

 お金の使い方としては、間違ってないと思うよ。」


「自分のために使えばいいのに。」



姉の顔が少し曇って見えたけれど

この状況で新しい車を購入して、念願の車が届いても

たぶん、私は嬉しくない。

こうして、ブログに書いている時点で『偽善』なのかもしれないけれど

なにかをせずにはいられない、私自身の気持ちに忠実に

お金を使っているだけなのだから

結局は、自分のために使っているのだと思う。

偽善かもしれないし、自己満足かもしれないけれど

『自分のため』なのだから

何も見返りなど、求めなくていいのだ。

たくさんの人たちが、悩みながら

『自分の出来る事』を考えて実行しているのだと思う。

それは、『人のため』であるけれど、同時に自分のためなのだと思う。

偽善と言われようが、自分自身で偽善と感じようが

無関心でいるよりは、ずっといい。

被災をしていない私を、ずっと気にかけてくださる方がいる。

ご自分のことを『偽善者』と言われているけれど

私には、その方の温かさを感じるし

私のことをいつも気にかけてくださることが何よりも嬉しい。





被災した方たちが一番悲しいことは、

『無関心』でいられることじゃないかなと、私は思う。

「忘れないで。」

「風化させないで。」

そんな声が聞こえる気がする。






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私の故郷の街を一目見て欲しくて

怖じけずいて渋るヒトさんを

市立病院の前まで連れて行った。





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市立病院の前の道路や駐車場は

見事に削れてしまって、海の一部になっていた。





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この病院には、他界した両親がお世話になった。

私も、何度か両親を見舞った。






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仙台の国立病院で2度の胃癌の手術を受けた父は

国立病院のロの字型の建物の、内側に面した病室の窓からの

眺めの悪さに辟易していたために

この病院の窓から見える景色に、大層喜んでいた。





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近くに建築中の建物があった。






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近づいて見ると、網地島ライン事務所・待合室の文字。







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写真を整理していたら

新しい桟橋が写っていた。






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桟橋には待ち合いの屋根も、手すりも付いて

奇麗に完成していた。

網地島や田代島に行く船は、北上川の川岸に横付けされて

川岸から直接乗った記憶がある。

この新しい桟橋から、乗船できたら

どんなにか嬉しいことだっただろう。






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「俺たちが来ていい場所じゃない。

 復旧作業をしている人たちの邪魔になるだけだ。」

渋りながらもヒトさんは、沢山の写真を撮ってくれた。

GWに私の故郷へ向う以前と、今とでは

震災に対するヒトさんの意識があきらかに変わった。

興味を持って、私の話も真剣に聞いてくれるようになった。

テレビニュースの作られた情報も

鵜呑みにしないようになった。

「どんな形でもいいから、被災地に来て見てほしい。」

と言う、私の言葉を

「それは、あなたのエゴだ。」

と返してきたヒトさんだが、それも言わなくなった。




報道の映像や写真では、想像も付かなかった光景は

人の心に何かを訴える。

偽善でも、何でもいいから実際に見てほしいと

エゴイスティックな私は、日々そんなことを思うのだ。




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