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泣きながら。







震災以降、悲しい夢を見る。

「悲しい」

目が覚めた瞬間に、夢の記憶がどこかに飛んで

悲しいという感情だけが心に残る。

あの日から、そんな朝を何回数えただろうか。




東京に住む姪はある朝、泣きながら目覚めたと言う。

涙が頬を伝っているのに、その理由が分からなかった。

「記憶が無くて良かったんじゃない?

 覚えていたら、もっと悲しいから。」

姪の夫が言った、姪への慰めの言葉を、

そのまま私への慰めの言葉にする。

「覚えていない方がいい。」

今朝も自分自身にそう言い聞かせ、

ベッドから下り、立ち上がった。

 



姪も私も津波を体験してはいない。

命からがら逃げ延びてはいないし

親も兄弟も家も失っていない。

あの日の『地獄』は見ていない。

だから、夢の中の悲しみは、

故郷の人々とは、比ぶべくもない悲しみのはずだ。

だからこそ、こうして毎日

震災のことを綴ることができるのだろう。

けれど、比ぶべくもない悲しみにだって

行き場の無い喪失感がある。

明日も生きていくために、喪失感と闘うために

私は私のやり方で、震災と向き合っている。






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写真は『小積浜』。

この浜も人影がなく、

遠くで自衛隊のヘリの音が聞こえるだけで

ひっそりと静まり返っていた。

バス停があった。

1日往復3本のバスが通っていた。




人の気配を感じられるものがあることが

本当にうれしい。









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