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それでも私は間違っていない





7月31日・日曜日

一人の女性と出会った。

30歳を少し越えた年頃だろうか、とてもチャーミングな

長い巻き毛の可愛いひと。

東松島市の災害ボランティアセンターから

私と同じ『4班』での活動を指名され

赤井地区の農家での泥出しの作業をご一緒した。

住まいは神奈川。

夜行バスで前日の夜に東京を発ち

ボランティア作業終了後、また夜行バスで帰宅の途に付くという

日帰りの強行軍だ。

やっとの思いで時間を作り、東北のこの地にたった一人でやってきた彼女が

ひと目、被災地を見たいという。

「まだ被災した場所って、片付かないで残っているんですか?」

なんて間の抜けたことを言うのだろうと思ったけれど

そう疑問に感じるのも無理がないのだろう。

だって、移動の車窓から見える風景は、被災前と何も変わらないのだから。






姉の車(もともとは私が買った車だが)でセンターまで来ていた私は

作業終了後、どうしても自分の目で見て確認したいと言う彼女のために

石巻駅前のバス乗り場に彼女を見送りかたがた、

被災地区を案内することにした。

ボランティアセンターの駐車場から出て

甚大な被害のあった大曲地区を通り鷲塚、三ツ股、築山、石巻工業港を経て

門脇・南浜町地区で車を降りた。

「これでもずいぶん片付いたのよ。

 転がっていた大量の車が無くなったし、道路に崩れていた家が無くなった。

 焼けた車の残骸が山のようになっていたけど、それも無くなった。」

説明しながら、彼女を気遣う。

「釘を踏まないように気をつけて。」

「私は自分がこの場所にいることが信じられない。」

そこには、泣き出しそうな彼女の顔があった。

「写真を撮らなくていいんですか?」

「とても写真なんて撮れません。」






20110804RIMG0330.jpg

初めて被災地区を目にしたのだから、ショックが大きかったのだろう。

「ここに住んでいた人たちのことを思うと、写真なんて。

 ましてやブログに載せるだなんて。」

私に向けられたのではないと分かっていても、彼女の言葉が胸に突き刺さる。





震災発生からわずか10日余りで石巻を歩いた時に、姉に言われた。

「よく、写真なんて撮る気持ちになるね。」

大崎市の友人からも言われた。

「私は怖くて石巻には行けない。よく行けるね。」

妹と弟が家を流された友人にも言われた。

「よく、あんな所に行って写真なんか撮ってこれるね。」

姉や友人たち以外からも

プロカメラマンの撮った写真と比べられたり

何を訴えたいのか分からないと言われたり

悲惨な写真は見たくはないと言われたり

悲惨な文章は読みたくはないと言われたり

以前の癒されるブログを読みたいと言われたり。

ああ、

ヒトさんからも言われた。

「こんなことをしていて、何か意味があるの?」






20110804090642.jpg

意味はないかもしれないし、あるのかもしれない。

少なくとも、私の気は済むのだから。

被災地区へどんどん出かけて行き

どんどん写真を撮って、ブログにアップする。

気は済んでいるけれど、罪の意識がないわけがない。

罪悪感はいつも付きまとう。

だから、贖罪の意味も兼ねてのボランティア参加だ。

自分自身の『申し訳なさ』の気持ちが少しでも払拭できたらと

そんな感情が、私をボランティア参加へと掻き立てる。






20110804RIMG0112.jpg

彼女を駅まで送り届けた後に、灯籠流しを見るために

姉一家と一緒に、この日また門脇・南浜町地区に来た。

震災から10日余りで、リュックに飲み物とお菓子を詰めて

何かに取り憑かれたように歩いてやって来た3月と比べ

この地区は本当に姿を変えた。

相変わらず悲惨な状況は変わらないけれど、

それでも刻一刻と前に進んでいる。

「あの時、写真を撮っておけばよかった。」

姉がぽつりと言う。

「あの時は私に、アンタが写真を撮る気がしれないって言ったじゃない。」

「ん、でもさ、変わったもの。

 あの時の悲惨な状況は、あの時でしか見れなかったから。

 夢とも現実ともつかない戦争の焼け野原のような光景だったから。」




ほらね、と思う。

時間は確実に流れている。

被災地は確実に変化する。

そして、人の心も変わっていく。

あたりまえだけれど、私の感情も。

だからこそ、この震災を通して、私が感じたこと

悲しみ辛さ苦しさ、とりとめのない絶望や喪失感を記録する必要があった。

誰のためでもなく、私自身のために。

だから、私のやっていることは正しいとは言えなくとも

決して間違ってはいないと思うのだ。











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