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他人の不幸は蜜の味








7月30日

私たち40人のボランティアに与えられた作業は

南三陸町・戸倉集落にある個人宅の瓦礫の撤去作業だった。






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40人を乗せたバスは

災害ボランティアセンターのある高台の

南三陸町ベイサイドアリーナの駐車場から

壊滅状態になった市街地を抜けて

海岸線を南下した。





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市街地はほとんど手付かずといった感じ。





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雨まじりの天候に加え

大きな石がゴロゴロと転がっている様は

恐怖さえ感じる。





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根こそぎ。

本当にごっそり、持っていかれた街の中を

バスはひたすら走る。






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あたりまえのことだけれど

バスは大きく揺れる。





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所どころの道路の陥没や

沈下した箇所に盛り上げられた土や

急ピッチで進められている新設道路の未舗装の道を

バスは進んで行くのだから。





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この場所には、まったく不釣り合いな観光バス。

運転手がハンドル操作を少しでも誤れば

私たちの命だって危うい。

冷や汗が出る。






危険このうえない場所に来ていることを

再確認する。






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堤防はあちらこちらで決壊していて

何処が海やら、何処が川やらまったく分からないほど

水浸しだったけれど

それでもこんな短期間でよくぞここまで! と驚くほどに

道路の工事が進んでいた。




日本人の真面目で勤勉なことは、世界に誇れるのじゃない?




震災発生直後の3月、4月には

「頑張ろう!」のコールが日本中にこだましていた。

うんざりして、お腹いっぱいになるほどだった。

あの時には「頑張ろう!」は早過ぎた。

誰もが信じられないほどの大津波に襲われて

悪夢の中を漂って、茫然自失でいた人たちに

「頑張ってください」と声をかけるのは、本当に早過ぎた。

落ち着きを取り戻し、悲しみを受け入れ

これからのことを考えなくてはいけない今からが

「頑張ってください」と声を掛けられる時なのじゃないのだろうか。

いつまでも泣いてばかりではいられない。

避難民で甘んじていてはいけない。

普通の生活を取り戻すために、立ち上がらなくてはいけない。

震災から半年近くが経って、

やっとそんな前向きな気持ちに、人はなれるのじゃないのだろうか。




だのに、これからだっていう時なのに

最近「頑張れ!」コールが少なくなったね。

日本人、勤勉で真面目なことは世界に誇れるけれど

飽きっぽいのはいかがなものかな。

AKB48の総選挙や、なでしこジャパンの活躍は愉快で

幸せな気持ちにしてくれた?

震災関連のニュースでは、新しい話題がなくて刺激的じゃないから?

他人の不幸は蜜の味と言うけれど

まさか、新しい不幸を待っているんじゃないよね。




明日、自分の身の上に何が起るか

わからないということでは人は皆、平等だ。

だから他人事ではない。

そのことを肝に銘じて、東北への移動や活動のでの疲れ

ありがたいことに、今年は大量にいただいている仕事の疲れが

身体のあちこちに蓄積していて、

椅子に腰を下ろしているのがやっとの毎日だけれど

休み休み、出来るだけ長く震災に関わり続けたいと思う。

これからは被災地支援ではなくて、復興支援になるのだろうか?

ボランティアの仕事も変わってくるのだろう。

それを考えると、ちょっとワクワクする。









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