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掘る。ひたすら掘る。






今回9月17日の、ボランティア活動の現場は

牡鹿半島の東側沿岸にある鮫浦という小さな浜。

 

 
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閉じた扇子のように海に向って狭く広がって

透明な水の美しい小さな浜だ。




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約30軒ほどあった集落は

高台の1軒を除いて全滅。

お年寄りの3名が津波に流された。

うち、2名の行方がいまだに分からない。




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山あいの道路に沿って小さな谷は

段々畑になっていて

畑は全て、海から運ばれた砂で埋まっていた。






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小さな港の小さな岸壁も津波で壊されて

残された岸壁も、地盤沈下のために

海面とすれすれだ。





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写真が小さくてよく分からないけれど

中央で男性が数人並んで腰を下ろしている場所は

牡蠣の殻剥きの作業場。

本来なら、あそこに並んでいるのは

浜の元気なおばちゃんたちで

威勢のいい声が聞こえていたはずだった。





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津波を生き延びた浜の人たちのうち

仮設住宅に入居したのは3軒ほどのお宅で

あとは皆、石巻に持っていた家や娘息子・親類宅で暮らしていて

漁師さんたちは朝早く石巻を出て、この浜に通勤しているそうだ。

今、この浜にいるのはそうした通勤の漁師さんと

復興復旧のための作業員と私たちボランティアの人間だけで

女性と子どもの姿はまったくなくて

生活を奪う自然の怖さをあらためて感じた。





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今回の作業は、重機では取れない

山のノリ面に散らばっている瓦礫の撤去。




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急な斜面をよじ登ったり

小さな川を越えたりと

けっこうなハードさだ。





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今回の現場には蜂の巣があって

蜂に刺されて作業の中断を止む無しとしてしまった

残念な参加者も2名出てしまった。




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浜の瓦礫撤去の難しさは

漁師さんたちの大切な漁具が

複雑に絡まりあって散らばっているということ。

この漁具を壊さないように

レスキューしなければならないということに尽きる。




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写真の中央、ガードレールから山の斜面に向って掛かっている

青い物は養殖の網だ。

この四角い網の箱が何個も繋がった漁具が

山の斜面の松の枝に複雑に絡まっている。

修理すれば、まだ使える立派な物だから

時間をかけて、丁寧にレスキューする。





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私も砂に埋まった網の箱を1つ見つけた。

ゴム手袋をはめた手で掘って取り出そうとすると、

後からロープで繋がった次の網が出てくる。

掘っても掘っても次々と繋がった網が出てきて

気が付くと夢中になって40分ほど掘っていただろうか。

やっと取り出せた。





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この日は山の斜面の倒れた松の木の下に

絡まっていた、この養殖用の網を

やはり松の木の下の地面を掘ってレスキューした。



後は小さな瓦礫を広い集めた。



バス代を持ち出しで、2泊3日を費やした成果は

養殖用の漁具2つのレスキュー。

本当に小さな力なんだよなあと思うけれど

ささやかなことでも漁師さんや浜の人たちの

お役に立てたならば本望だ。




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鮫浦浜の作業小屋に掛けてあった手作りの看板。



どんな事でも出せば出すほど

強くなる俺達の力で家族のため

鮫浦の為に がんばろう 鮫浦




数日前、鮫浦にいた人たちは

この台風でどうしたかしら。

あの小さなきれいな浜はどうしたかしらと

先日の台風の猛威が、なんて非情なものだと胸が痛む。

毎日を愛しい浜の復活のために頑張っている

鮫浦の全ての関係者のために

台風の被害が少しでも少なかったことを

心から願っている。






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