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やり切れない想いを知っていただきたくて。





9月18日、

女川を視察した後に、皆を乗せたバスが訪れた先は大川小学校。

児童のほとんどが津波に犠牲になったあの小学校だ。

このブログでは、7月19日の更新

『私はこれまでに、こんなに悲しい場所を他に知らない。』

取り上げた。




20110930RIMG1093.jpg

本当は、再度この場所を掲載することについて

散々迷ったし、今でも迷いがあるのは確か。

実は先月の鮎川ツアーの視察でも

私はこの場所を訪れていて、写真を撮っていた。

何度来ても悲しくて苦しくて、涙が溢れる場所で

だから、先月は写真を載せる事ができなかった。





20110930RIMG1089.jpg

今日、やはり載せようと思ったのは

この場所が現在どうなっているかを伝えたかったから。

それ以上でもそれ以下でもなくて。

そして訪れた人たちのほとんどが感じる

やり切れない想いを知っていただきたくて。






20110930RIMG1087.jpg

かつては家並みがあった学校の周辺は

瓦礫が撤去されて何もかも無くなってしまった。





20110930RIMG1088.jpg

学校もボランティアの手ですっかりきれいになった。

校舎の前には立ち入り禁止の札とロープが張られていて

橋のたもとの祭壇も撤去されて

校門跡に小さな祭壇が設えてあるだけとなった。







20110930RIMG1098.jpg

すっかり何もかも無くなってしまったこの場所は

瓦礫集積場になった。






R20110930IMG1097.jpg

そして、木片の瓦礫を堆肥に変える

堆肥作りが行なわれている。






20110930RIMG1096.jpg

時々訪れるご遺族や関係者や、私たちのようなボランティア以外は

瓦礫運搬のトラックや、堆肥作りのための重機の音がするだけで

他に人影はない。





20110930RIMG1095.jpg

これがなんともやり切れない。





20110930RIMG1094.jpg

何でこの場所に瓦礫置き場が?

何でこの場所で堆肥作り?






20110930RIMG1090.jpg

瓦礫を撤去する場所が無かったり

行政も人手が足りなくて細かい配慮が出来なくて

仕方のないことなのかもしれないけれど

大勢の小さな子供が亡くなった場所だから

ご遺族の気持ちを考えると何ともやりきれない。



そもそも震災前に市がきちんと危険を認識していたら

子供たちを守ってくれていたら、こんな悲劇は生まれなかったのに。



子供たちに私が出来る事は

憤りを抑えて、安らかにと祈る事しかできないのが

たまらなく悲しい。







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