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往復書簡





Huranaさま

はじめまして。
ブログ拝見しています。
綴られた思いのいくつかに 同じものを感じて、
すこし気持ちが軽くなったり、励まされたり。
11月13日。鮎川浜で
ボランティアさせていただきました。4月にはじめてはいったとき、
恐くて、
ここから先にはいけないと感じた場所を抜けて。
被災地にいくたびに自分の非力さを痛感する。
心が痛くなる。
でも また いきます。
動くことしか 
いまは それしか
できないから。



日時 2011年11月18日 03:51:06




・・さま

メールをありがとうございます。
本当にありがとうございます。

メールを拝見して、涙がぽろぽろこぼれて困りました。
嬉しいとか悲しいとか、そんな涙ではなく
うまく説明ができませんが
あの惨状を目にして、心を痛めて、恐いと思っても
それでも動かずにいられない方の存在を身近に感じることが
たまらなく切ないです。

切ないが適切な言葉じゃないかもしれませんが
辛い感情を抑えてなお、現地へ向う気持ちが分かるので切ないです。

これから冬に向って、寒くなりますね。
今日はずいぶんと寒いです。
・・さま、どうか、お身体大切に。
また被災地に向う際には十分に気をつけてお出かけくださいね。
私は、今夜冬支度をして、鮎川まで行ってきます。

ブログを読んでくださって本当にありがとうございます。

Hurana(注・原文は本名)






Huranaさま (注・原文は本名)

お返事 とてもうれしいです。
今日から 鮎川にはいられたのですね。
どうか 気をつけて。
ボラセンの前のお店。11月18日(昨日ですね。)
オープンとなっていましたよ。楽しみです。


4月、5月、7月、8月、9月と いくたびに
明かりが灯る。水道が使えるようになる。
お店が増えていく。
震災の被害を受けた方々が、ゆっくりと 
前にむかって 歩んでいることを感じています。


4月の石巻では 夜 車のなかで 寒さで足が ちぎれそうになり。
仮設トイレは 駐車場から はなれていて 風が強くて、
用足しのために 車外にでることが 恐くなるほどで。

朝 石巻大橋をわたった。
その先にいくことは とても恐くて、
右に曲がって 進んだ。
大きな獣に蹂躙されたような町が続く。
投げ飛ばされたように、 
車が 建物にめりこんでいる。
正視することは ためらわれた。
しばらく歩くと マンションの脇に朝市がたっていた。
行列ができ、談笑する声が聞こえる。
人がいることが、生きていてくれたことが 嬉しかった。
でも そこにいることが申し訳なくて 足早に通り過ぎた。
ちいさな橋に向かってあるくと 前方に 銀色のドームがみえた。
朝日をあびて、
まるで 夢のように 輝いていた。


ボラセンから派遣されて永厳寺に集合し、向かう途中で 
片付けをしていた方に、声をかけた。
手伝ってもらえるの。
本当に嬉しそうに 表情が明るくなった。
でも そのお宅はボラセンにニーズをあげていなかったため、
チームで 作業はできないと。
あとからボラセンにニーズをだしてくれと。
目の前に 助けを求めている人がいるのに、
そのまま 通り過ぎてしまうことに 疑問を感じた。
リーダーに断って、チームと別れ そのお宅に戻り、
単独でお手伝いさせていただいた。


作業が終わり、しばらくお話して おいとまするときに、
静岡までじゃ 大変だ。途中で 食べてと 
パンと飲みものを いただいた。お気持ちを思うと 
断ることなんて できなかった。
生命を分けていただいたのだと 感じた。


あのとき 感じた気持ちが いまも ずっと 続いている。
いくたびに いく土地々で 
それは 大きく、強くなっていく。


陸前高田で出会った 津波から こどもたちを守り、
ずっと支えてくれている保育園の先生たち。
わたしたちに こころを 開いて 
身体いっぱいに楽しさを表現してくれた こどもたち。
南三陸町の校長先生からいただいた手紙。


南三陸町の防災対策庁舎の供養台の下に置かれた、
息子を亡くされた方の思いを綴った手紙。
大川小学校の祭壇に供えられた
クッキーやチョコレート、ぬいぐるみやおもちゃ。
復興という言葉を安易に用いてはいけないと思った。
人の哀しみを置き去りにしたまま、
前へ進んでは ならないと思った。


私は あの方たちの 本当の哀しみを、こころの痛みを
理解することができない。
自分の無力さ、非力さを 突きつけられる。
だから せめて 思い続けたい。
そして、動き続けたい。



いつか だれもが 

自分の人生を

真に生きることができる 社会がくることを 夢みて。

哀しみを、そして感謝の思いを しっかりと 胸に刻んで。



日時 2011年11月19日 12:14:54






・ ・さま

おはようございます。
お返事がすっかり遅くなってごめんなさい。
被災地から帰って来た後、しばらくは
平常な心に戻ることにとても時間がかかってしまいます。
メールをいただいてから、すでに5日も経ってしまって
遅過ぎますよね。
お許し下さいませ。

まず、ご報告から。
鮎川のお店、オープンしていました!
たくさんお花が飾られていました。
人の声、笑顔、温かな料理の匂い。
久しぶりに鮎川に地元の人の息づかいを感じてきました。
オープンの記念と、少しばかりのお店への応援として
鯨の歯の工芸品のストラップを購入させていただきました。

お返事のメールは、埼玉の自宅に帰宅後、すぐに読ませていただきました。
その後も何度も何度も読ませていただきました。
綴られた想いに、やはり切なくて涙がでます。
大変な経験をなさいましたね。
私、思うんです。
今回の震災は、それはそれは大変な出来事だったけれど
遠く東北で起った出来事で、他人事として、見なかった振りをすれば
いくらでも見ない振りができたはずです。
だのに無視することが出来ずに、現地に向って
重たい荷物を背負って帰って来てしまう。
そして帰って来てからも、その荷物を下ろす事が出来なくて
心が、被災地と現実の生活の間をさまよってしまう。
なぜなんでしょうね?

疲れるのに、苦しいのに、悲しいのに、下ろす事が出来ないのは
あなたが優しい方なのだからだと思います。

こころが優しければ優しいほど荷物が肩に食い込んでいって
自分のことのように被災地に想いを寄せてしまう。
だけど、その苦しみは被災地の人々とは比べようもなくて
そして、ご自身を責めてしまう。
いただいたお返事のメールを拝見して、
そんな魂の叫びのようなものを感じてしまいました。

この想いは、この感情は、実際に被災地へ行き
その現実を実際に自分自身の目で見て、被災された方たちの話を聞いて
額に汗して働いてきた人間にしか分からないことなのかもしれません。
私はここにいて、この複雑な感情を家族の者や親しい人たちに話しても
共感を得ることは出来ないでいます。
被災地での体験を話したくても、あまり真剣に聞いてはもらえないのです。
話しても共感を得る事が出来ないので、終いには口をつぐんでしまいますが
こころに溜まったものを吐き出さないと苦しいのです。
だから、ブログに書き綴ります。
私の叫びを、どこかで誰かが同じように感じ取ってくれれば
私にそれが届かなくとも、それでいいと思って書いています。
実際にこうして書いていると、気持ちが整理され落ち着いてきますので
ブログを持てたことや、読んで下さる方がいることに
本当に感謝をしていますし、こうして共感してくださって
同じような体験をされている方からのメールは何にも代え難い宝物になります。

せっかくの想いのこもったメールです。
優しい優しいメールですから、今日のブログにこのまま掲載させて下さい。
あなたの目で見たこと、感じたこと
一人でも多くの人に読んでいただきたい。
私ひとりが読ませていただくのは、あまりに惜しい。
そんな気持ちです。
もちろんお名前は伏せさせていただきます。
事後承諾になってしまうことをお許しくださいね。




いつか だれもが  自分の人生を

真に生きることができる 社会がくることを 夢みて。

哀しみを、そして感謝の思いを しっかりと 胸に刻んで。



この想いをしっかりと受け止めたいと思います。
本名でのメールを本当に本当にありがとうございます。


Hurana(注・原文は本名)




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