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本当に必用なことって何だろう? その2







11月20日

日曜日の南三陸町志津川。




20111201RIMG0040.jpg

視察でこの町を訪れる度に感じるのだけれど

この町は一向に瓦礫撤去が進まない。

住民の7割が家を失い、町の職員の方も大勢亡くなられたのだから

復興が遅れてしまうのも無理がないことかもしれない。

本当にお気の毒で、この町に来る度に胸がヒリヒリと痛む。






20111201RIMG0039.jpg

防災センター前。



撤去が決まった防災センターの入り口に設けられた祭壇の

花や供物が少なくなっていた。

私たち一行はお線香を上げさせていただいて

手を合わせてお祈りをした。







20111201RIMG0044.jpg

防災センターの前の駐車スペースだった場所に水が溜まっていた。

傍にはパトカーと3名の警察官。






20111201RIMG0043.jpg

川に近づいたら、警察官から注意を受けた。

なんでも、川が増水して危険だから近寄ってはいけないとのこと。

センターの前の水溜まりは、川の水が溢れて溜まったものらしい。




この防災センターは、

最後まで住民に防災無線を通して避難を呼びかけた

若い女性が亡くなられた建物だ。

現地に行って驚くのは、防災センターという

地域住民の安全を担う場所が川の傍で、

しかも海からも驚く程近いということ。

この場所に防災センターを建てたのは、町の責任であると思うし

勇敢な女性の死は、言うまでもなく殉職だ。

この震災では住民の避難のために、殉職した方が多いことが問題になっている。

最後まで避難を呼びかけ、逃げ遅れ非業の死を遂げた若い女性。

彼女の行為はとても立派なことであるけれど

彼女を英雄として作り上げて、肝心の責任問題に

フィルターを掛けてしまっていいものだろうか?

本当に必用なことは、英雄を作り上げて悲劇を美化することではなく

町の責任を追及して問題を正して、

二度と殉職者を出さないことなのじゃないかなと思う。

結婚式を4日後に控えた彼女の幸せを奪ったのは

大津波ではなくて、仕事と仕事への責任感と忠誠心。

だから、これは天災ではなくて人災なのだ。

真面目で魅力的な若い女性の職場がこの場所に無かったらと

建物がもっと高いビルだったらと

そして、「無線なんていいから、早く逃げろ!」と

上司が指示を出していたら

彼女は死なずに済んだのではないかなと

この場所に来る度に思う。




そして、見て来たこと、感じたことをありのまま伝えることも

ボランティアとしての必用なことなのじゃないかなと思う。





20111201RIMG0045.jpg

先日友人から届いたメールによると

震災の救援物資の処理に困っているそうだ。

あれほどメディアが報じているというのに

不必要な古着や古布団を送りつける輩が大勢いるらしい。

処理をするボランティアの手も足りなくて大変だそうだ。

辛口で言わせていただければ

着古した服や使い古した布団を送りつけるセンスってどうなんだろう?

今どきの日本人はたとえ被災者であっても古着は着ない。(例外もありますが)

ましてや他人の寝た布団は使わない。

被災者は廃品処理業者ではないのだから

被災した方がたの尊厳を、もっと守ってくれる

優しい日本になって欲しいなあと思うし

被災後の状況は時間を経るごとに変わっていくのだから

その時々に合わせて必用な物事を考えられる世の中になるといいなあと思う。




そして,上記とは関係がないけれど

この川に、鮭が遡上していたのには驚いた。

分かり辛いと思うけれど、上の写真の左上に鮭の背びれが写っている。

真っ赤になった鮭の群れが、こんな市街地の川で見られるなんて

震災前だったら有り得なかったのではないかなと

自然の脅威を実感した。





そんなこんなを考えて

今夜23時発のボランティアバスに乗る。

今回のツアーは師走だからだろうか

大幅な定員割れ。

25名募集が12名しか集まらなかった。

ただでさえ寒い北国の師走に、人が行かないなんて寂しいなあと

私ひとりがヤキモキしたところでどうにもならないけれど

穏やかな師走が送れることを願わずにはいられない。










| Ishinomaki | 11:27 | TOP↑

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本当に必用なことって何だろう?






11月20日

石巻市立大川小学校前。



20111201RIMG0038.jpg

真新しい母子像があった。

この母子像は、この小学校の悲劇を知った彫刻家の方から寄贈されたもので

前回の10月の視察時にここを訪れた際は、除幕式の真っ最中だった。

部外者である我々はバスを降りることを躊躇し、

車窓から除幕式の様子を眺めるだけで立ち去った。

この母子像に対しては、母親の懐に優しく抱かれている子供の姿を見て

慰められるご遺族もおられる一方で

我が子がこの世にいないという現実を突き付けられるようで

見るのが辛くて、小学校前には行けなくなってしまったという

ご遺族もおられるようだ。

悲しみや辛い現実の受け止め方は人それぞれで

寄贈なさった方は、よかれと思ってのことだと思う。

善意なだけに本当に難しい。

人の心に対してのお手伝いには、より慎重にならなければ。

だからというわけではないけれど、私たち『瓦礫隊』のお手伝いは、

「善意が悲しみを増やすことをしません。」という形のお手伝いだ。

まずは、悲惨な津波の爪痕を片付けること。

町をきれいにすること。

誰も悲しませてはいけないこと。

誰からも喜ばれること。

突き詰めて言えば、今回の災害でのお手伝いで

誰をも傷つけないで行なえるのは

瓦礫撤去や泥出しなどの肉体系ボラではないかなと思う。

私がボランティア活動の母体に、このチーム東松山を選んだ理由は

そこにある。

私の行動で、誰も傷つけたくないし

悲しみを増長させることはしたくはない。




もちろん、鎮魂碑寄贈や被災された方のお話を聞く事など

癒しに繋がるお手伝いはとても立派なことで

それらのお手伝いをされていらっしゃる方々には敬意を表したいと思う。

けれど、叱られるのを覚悟で書けば、

この母子像の設置は少々早かったかなと思う。

愛する我が子が亡くなったことを、現実のものとして受け入れられるまで

たぶん、もうしばらくの時間は必用かと思うから。





震災後の大川小学校を何度も訪れた私でさえ

この母子像を涙なしでは拝むことが出来なかったから。












| Ishinomaki | 11:33 | TOP↑

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