2011年11月 | ARCHIVE-SELECT | 2012年01月

| PAGE-SELECT |

≫ EDIT

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

| スポンサー広告 | --:-- | TOP↑

≫ EDIT

本当に必用なことって何だろう?






11月20日

石巻市立大川小学校前。



20111201RIMG0038.jpg

真新しい母子像があった。

この母子像は、この小学校の悲劇を知った彫刻家の方から寄贈されたもので

前回の10月の視察時にここを訪れた際は、除幕式の真っ最中だった。

部外者である我々はバスを降りることを躊躇し、

車窓から除幕式の様子を眺めるだけで立ち去った。

この母子像に対しては、母親の懐に優しく抱かれている子供の姿を見て

慰められるご遺族もおられる一方で

我が子がこの世にいないという現実を突き付けられるようで

見るのが辛くて、小学校前には行けなくなってしまったという

ご遺族もおられるようだ。

悲しみや辛い現実の受け止め方は人それぞれで

寄贈なさった方は、よかれと思ってのことだと思う。

善意なだけに本当に難しい。

人の心に対してのお手伝いには、より慎重にならなければ。

だからというわけではないけれど、私たち『瓦礫隊』のお手伝いは、

「善意が悲しみを増やすことをしません。」という形のお手伝いだ。

まずは、悲惨な津波の爪痕を片付けること。

町をきれいにすること。

誰も悲しませてはいけないこと。

誰からも喜ばれること。

突き詰めて言えば、今回の災害でのお手伝いで

誰をも傷つけないで行なえるのは

瓦礫撤去や泥出しなどの肉体系ボラではないかなと思う。

私がボランティア活動の母体に、このチーム東松山を選んだ理由は

そこにある。

私の行動で、誰も傷つけたくないし

悲しみを増長させることはしたくはない。




もちろん、鎮魂碑寄贈や被災された方のお話を聞く事など

癒しに繋がるお手伝いはとても立派なことで

それらのお手伝いをされていらっしゃる方々には敬意を表したいと思う。

けれど、叱られるのを覚悟で書けば、

この母子像の設置は少々早かったかなと思う。

愛する我が子が亡くなったことを、現実のものとして受け入れられるまで

たぶん、もうしばらくの時間は必用かと思うから。





震災後の大川小学校を何度も訪れた私でさえ

この母子像を涙なしでは拝むことが出来なかったから。












スポンサーサイト

| Ishinomaki | 11:33 | TOP↑

| PAGE-SELECT |

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。