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本当に必用なことって何だろう? その2







11月20日

日曜日の南三陸町志津川。




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視察でこの町を訪れる度に感じるのだけれど

この町は一向に瓦礫撤去が進まない。

住民の7割が家を失い、町の職員の方も大勢亡くなられたのだから

復興が遅れてしまうのも無理がないことかもしれない。

本当にお気の毒で、この町に来る度に胸がヒリヒリと痛む。






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防災センター前。



撤去が決まった防災センターの入り口に設けられた祭壇の

花や供物が少なくなっていた。

私たち一行はお線香を上げさせていただいて

手を合わせてお祈りをした。







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防災センターの前の駐車スペースだった場所に水が溜まっていた。

傍にはパトカーと3名の警察官。






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川に近づいたら、警察官から注意を受けた。

なんでも、川が増水して危険だから近寄ってはいけないとのこと。

センターの前の水溜まりは、川の水が溢れて溜まったものらしい。




この防災センターは、

最後まで住民に防災無線を通して避難を呼びかけた

若い女性が亡くなられた建物だ。

現地に行って驚くのは、防災センターという

地域住民の安全を担う場所が川の傍で、

しかも海からも驚く程近いということ。

この場所に防災センターを建てたのは、町の責任であると思うし

勇敢な女性の死は、言うまでもなく殉職だ。

この震災では住民の避難のために、殉職した方が多いことが問題になっている。

最後まで避難を呼びかけ、逃げ遅れ非業の死を遂げた若い女性。

彼女の行為はとても立派なことであるけれど

彼女を英雄として作り上げて、肝心の責任問題に

フィルターを掛けてしまっていいものだろうか?

本当に必用なことは、英雄を作り上げて悲劇を美化することではなく

町の責任を追及して問題を正して、

二度と殉職者を出さないことなのじゃないかなと思う。

結婚式を4日後に控えた彼女の幸せを奪ったのは

大津波ではなくて、仕事と仕事への責任感と忠誠心。

だから、これは天災ではなくて人災なのだ。

真面目で魅力的な若い女性の職場がこの場所に無かったらと

建物がもっと高いビルだったらと

そして、「無線なんていいから、早く逃げろ!」と

上司が指示を出していたら

彼女は死なずに済んだのではないかなと

この場所に来る度に思う。




そして、見て来たこと、感じたことをありのまま伝えることも

ボランティアとしての必用なことなのじゃないかなと思う。





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先日友人から届いたメールによると

震災の救援物資の処理に困っているそうだ。

あれほどメディアが報じているというのに

不必要な古着や古布団を送りつける輩が大勢いるらしい。

処理をするボランティアの手も足りなくて大変だそうだ。

辛口で言わせていただければ

着古した服や使い古した布団を送りつけるセンスってどうなんだろう?

今どきの日本人はたとえ被災者であっても古着は着ない。(例外もありますが)

ましてや他人の寝た布団は使わない。

被災者は廃品処理業者ではないのだから

被災した方がたの尊厳を、もっと守ってくれる

優しい日本になって欲しいなあと思うし

被災後の状況は時間を経るごとに変わっていくのだから

その時々に合わせて必用な物事を考えられる世の中になるといいなあと思う。




そして,上記とは関係がないけれど

この川に、鮭が遡上していたのには驚いた。

分かり辛いと思うけれど、上の写真の左上に鮭の背びれが写っている。

真っ赤になった鮭の群れが、こんな市街地の川で見られるなんて

震災前だったら有り得なかったのではないかなと

自然の脅威を実感した。





そんなこんなを考えて

今夜23時発のボランティアバスに乗る。

今回のツアーは師走だからだろうか

大幅な定員割れ。

25名募集が12名しか集まらなかった。

ただでさえ寒い北国の師走に、人が行かないなんて寂しいなあと

私ひとりがヤキモキしたところでどうにもならないけれど

穏やかな師走が送れることを願わずにはいられない。










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