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死者を悼み想い敬う。





一昨日に知ったこと。

驚愕して戦慄すら覚えたこと。




毎年私は紅白歌合戦を観ない。

昨年の大晦日から新年にかけては留守をしていたので

紅白歌合戦の話題すら目や耳にしていなくて

だから、知ったのは一昨日。

事前には知っていた。

紅白歌合戦を石巻から中継するということを。

だけど、中継場所は日和山だと信じていた。

その中継が門脇小学校の校庭だったことを知って

驚いている。







20110117RIMG0422.jpg

驚愕と戦慄。




この中継には賛否両論あるらしい。

もちろん私は否定派だ。

何故って?



だって、門脇小学校は大勢の犠牲者がでた門脇地区の小学校だ。

在校生に犠牲者が無くとも、この学校を母校とする人が

何人も亡くなられていることだろう。

震災直後に、この学校の校庭に打ち付けられた車から燃え上がった炎が

周囲を舐め尽くした。

その炎で焼け死んでしまった人たちもいた。

その場所で紅白歌合戦の中継をした?



耳を疑った。



日和山での中継なら理解できる。

だって、あそこは石巻の中心部で唯一被害を免れた高台だから。

それを、何を狙ってわざわざ校庭にステージを作り

ライティングを設置して中継しなくてはならないのだ。

あの場所から報道やドキュメンタリーの中継・録画なら分かるのだ。

死者を敬う慰霊の式典なら理解できるのだ。

だけど紅白歌合戦はエンターテインメントである。

エンターテインメントとはすなわち娯楽だ。

TV界の嫌らしさがここにある。

死者を敬う振りをして、感動を誘い、視聴率を稼ぐ。

本当に死者を敬う気持ちが有るのなら

あの場所からの中継を娯楽性の高い番組に利用してはいけないのではないか。





ツイッターにこの中継の感想が沢山寄せられている。

若い人たちを中心に感動したという声も多い。

この学校の卒業生が「ありがとう」と発言している。

けれど、震災遺族の身になったら「ありがとう」では済まないだろう。

愛する家族の死が、エンターテイメントに利用されたのだから。




写真は震災2週間後の門脇小学校。

現在は、校庭の車や瓦礫はステージを設置できるほど

まっさらに片付けられている。

けれど、学校の再建はまだまだで

在校生は高台にある中学校を間借りしている状況だ。

あの日に悲惨な経験をした児童や生徒も多いだろう。

悲しい記憶が辺一面漂う場所で、大勢の市民が芸能人見たさに会場に集まり、

真っ暗闇の中で右往左往していたらしい。

その年末の大騒ぎを目にして、子供たちは何を感じ何を思っただろう。

大人をどう思っただろう。

子供たちの心を想うと胸が締め付けられる。

もう一度上の写真を見て欲しい。

この場所で娯楽番組の中継をしたのだよ。

番組を観ていない私は、どのように感動場面が作られたか分からないが

娯楽番組は娯楽番組だ。





今日は阪神・淡路大震災が発生した日だ。

あれから17年経った。

あの時、ボランティアに駆けつけたいと思いながらも

忙しい、遠いを理由に駆けつけなかった自分を恥じている。

私は宗教家ではないけれど

ありとあらゆる生あるものの死を悼み想い敬うこととは

どんなことかを

母の死を悼み敬ってはいない自分自身の反省も踏まえ

あらためて考えたいと思う。








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