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けれども、もう一度 ー気仙沼にてー







8月19日

陸前高田を後にして気仙沼に向かう。




20120831RIMG0147.jpg

気仙沼の市街地に入ってすぐにある

陸に打ち上げられたままの漁船



見上げるほどに大きい。

観光客やボランティアを乗せた車やバスは

この船と道路を挟んで向かい側にある

セブンイレブンの駐車場に車を止める。

思っていた以上にたくさんの人。

セブンイレブン

改装費、早く回収できればいいなと願いながら

ダイエットコーラとのど飴を買う。





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気仙沼は広い街で

全部を回るには残された時間が少なく

どこに行っていいものやら迷いながら

気仙沼大島までのフェリーが出ている港付近に行ってみる。




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フェリー乗り場の桟橋はめちゃくちゃのまま。

写真奥に写っているフェリーは、仮の乗り場から出ている様子。





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波止場のすぐ傍の復興商店街

この写真を撮った後に開店。

たくさんお客さんがやって来たので、私も釣られて

干物とレトルトのフカヒレスープと箱入りの菓子

それから気仙沼コッペパンを買う。




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どうやらこの日はお祭りがあるみたい。

復興際

賑わっていたらいい。




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岸壁目の前の駐車場は2階まで車がびっしり。

大型バスも次々にやって来る。

人が多いということに少しだけほっとする。




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とは言え

街に目を向ければ、そこはまだまだ痛々しい。





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あちらこちらに空き地と壊れたままの建物。





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フェリー乗り場前の酒屋

レトロな外観が目を惹く。

きっと震災前は、

地酒を求める観光客が訪れていたのだろうなと

思う。




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数名の若い女性が立ち止まって写真を撮っているので

何だろう? と思って近づいてみる。





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地震発生の時刻で止まったままの時計。

この場所の持ち主がこ設えたのか

モニュメントのように奇麗に飾られた広場に胸が痛む。





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陸前高田から気仙沼に向かう途中

陸中海岸の景勝地、居釜半造の折石を見に行った。

この石は明治三陸大津波の際に先端が折れてしまったそうだけど

よくぞ、この平成の津波で残っていてくれたものだと感心する。



陸中海岸には子供の頃、今は亡き父に連れられて遊びに来た。

丸い石がゴロゴロ転がる碁石海岸や

岩の隙間から潮が高く吹き上げられる岩井崎の潮吹き岩

エメラルドグリーンの海の色。

瞼を閉じれば次々に浮かんでくる懐かしい景色は残っている。



私の人生で残された時間がどのくらいあるのか分からないけれど

たぶんもう、来ることはないかもしれない。

けれども、もう一度来たいと思う。

こんな形でも、子供の頃に記憶した美しい海がまた見られたことに

心から感謝して

気仙沼から、夏祭りのお手伝いのために鳴瀬に向かう途中で

朝食をまだ食べていないことに気が付いて

生温いダイエットコーラでコッペパンを飲み込む。



コッペパンにはピーナツクリームが挟まれていて

甘い優しい味がした。








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あら! まあ! マリちゃんが大変!






昨日のお昼

ふと見るとマリネの目が閉じていた。



20120830RIMG0245 2

急遽、他の連中から隔離して




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マリちゃん、おめめ痛い?

聞いても聞いてもお返事してくれなくて

ひらすらしょぼくれてるの。



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声を掛けたら必ず振ってくれる尻尾も振ってくれなくて

しょぼしょぼしょぼーんと寝ちゃったから

動物病院の午後の診療を待って、お医者さまに診ていただいた。




結果は、眼圧異常なし、眼球に傷なし、ドライアイの可能性なし

じゃ、なんで痛いのかって

うーむ。

「どこかにぶつけたかこするなんかして炎症起こしちゃったんでしょう」

らしい。

ふーむ。

飼い主思うに、マリネってば痛みに弱い体質?

ひと言で言えば大げさってことね。

大げさでも何でも痛いものは痛いらしいので

目薬2種類いただいてお家に帰ったら、

目薬注す前におめめバッチリ開いちゃった。



まったく人騒がせな、マリネ様だわ。



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今朝のマリネ

お気に入りの場所でいつもの足上げポーズ。




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おめめもパッチリ、目ヤニなし。




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でもね大切な目だからね、今週いっぱいはエリカラ着用。

文句ある?

ちっこいマリネ

大切なマリネ

大げさなマリネ

どうでもいいけど目薬注す時、大暴れするのやめてくれないかなあ。








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悲しいかな想像力が足りないんだー高田松原・希望の一本松ー








8月19日

大船渡を朝6時半に発ち陸前高田へ向かう。

最近の陸前高田の映像は

動く七夕祭りを報道するニュース映像で見た。

だから、私の頭の中にある陸前高田の様子は

被災地の一地区を練り歩く、七夕の山車の映像だ。





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国道45号線を南下して高田の街並が見えて来て

今更ながらに、やはり驚く。




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これはひどい。

私の想像やニュースの映像など、遥かに超えて

甚大な被害を受けた光景が目の前に広がっている。




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テレビで何度もお目にかかる

故郷石巻の日和山から見た映像は、確かに大変な被害だけれど

あれは、石巻の一部分。

こんなことを書いたら石巻の人に叱られると思うが

石巻では被害を受けなかった元気な地域がたくさんある。

仙台もしかり。

大船渡もそうだった。

だけど、ここ陸前高田は、被害を受けた範囲が広いんだ。

広大な面積が荒野になって広がって

私の立っている場所からは元気な地域が見えない。

動いているのは、国道45号線を走る車だけ。

とてつもない広さに、人の姿は無い。

どうしてこんなことにと

愕然としてしばらくは立ちすくんだまま動けなかった。





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景勝地『高田松原』の玄関口

希望の1本松が建物の後ろに見えたので

その方向に向かって歩いてみる。




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希望の一本松




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枯れてきたと聞いていたけれど

良かった

まだ立ってる。

お腹に腹巻きをした姿は痛々しい限りだけど

見渡す限り松の木など、何もない海岸に

この松だけ残っているなんて奇跡としか言いようがない。

(正確には枝の折れた裸の松があと1本残っている)




20120829RIMG0128.jpg

こんな太い松の木がすべて倒されてしまったのだ。

この松

京都の大文字焼きで使ってもらえたら

どんなに供養になったことかと悲しくなる。

東北に足を運ぼうともしないで

放射能がうんたらくんたら文句ばかり言っている人たちに

投げつけてやりたくなる。




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たった一本だけ残った松の隣にある建物はユースホステル。

たくさんの人たちが、ここで旅の疲れを癒したことだろう。





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写真のこの場所は沼地であったと思われ

目を閉じて高田松原の震災前の姿を想像してみる。

悲しいかな想像力が足りない。

松の木の赤茶色の肌、深い緑色の尖った葉

沼に集う虫や魚や鳥たち、生い茂る葦

生きていたものたちを思い描こうとしても頭の中に浮かんでこない。



帰宅後

グーグルアースで震災前の高田の姿を見てみた。

たくさんの家々や駅前や松原近くの大きな建物

こんもりとした松原。

本当に奇麗な街だった。

ストリートビューで、よりリアルな高田を見てみたいと思うも

悲しいかな、ストリートビューには震災後の高田の姿しかなかった。





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震災前の陸前高田市。

グーグルアースの写真が借りられなかったので

『日本の森・滝・渚 全国協議会』のHPからお借りした。




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これは震災前の高田松原

某新聞のニュースページから拝借。

見つかったら叱られるかな? クレームが入ったら削除します。



想像力が足りない、情けない私は

ネットの画像の力を借りて震災前の高田市と松原を想う。





20120829RIMG0121.jpg

奇麗だった。

本当に奇麗な土地だった。

震災前に訪れることが出来ていたら

そう思っても遅いのだけど

願わくは、この希望の一本松が枯れずに残って

子孫を残して、高田の海岸に松原を再生してほしい。

たぶん

観光客もボランティアも工事関係者も、私のように好奇心で来た人間も

もちろん地元の人全てがそう願っていることと思う。

ここに来れば、それが分かるよ。







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所詮中途半端な根性なのよと嘲笑ってみる






8月18日

日没前に大船渡に着いた。




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東北自動車道を一関インターで下りて

カーブの続く道を必死で車を走らせた。




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大船渡は思った以上に遠かった。

これでは、首都圏からのボランティアバスが大船渡に向かっても

夜行バス泊を含め2泊3日のツアーでは

肝心の作業する時間が作れない。

石巻や仙台では、まだまだ数多く見かけるボラバスも

この街ではあまり見かけなかった。

おまけに鉄道の駅もホームも線路も放ったらかしだもの

これを見たら

切なさに拍車がかかる。






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日が沈んでしまわないうちに

予約を入れていた港の目の前のホテルでチェックインを済ませ

街の中を歩いてみる。

岸壁まで100メートルあるかないか

海の目の前の、居酒屋(たぶん)が、丁度オープンの日で

たくさんのボランティア(たぶん)たちが

開業を祝っていた。

(写真中央のモヤはカメラのヨゴレ)





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大船渡は駅前の中心地域が壊滅してしまった様子で

大きな建物のほとんどが撤去されてはいるが

残っている建物もまだまだある。

再建されている建物もあるにはあったので

港の目の前のこの地域は建築制限区域には指定されていないのかもしれない。




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界隈で一番目立っていた復興居酒屋





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テント小屋の仮店舗の板塀には

たくさんのメッセージ。




20120828RIMG0053.jpg

復興屋台村




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寿司、おでん、小料理、エスニック、バーなど

たくさんのお店が並ぶ。

ランチタイムが終了して、夕刻前の中途半端な時間だったので

お客さんの数はまばら。

おでんと寿司には惹かれたけれど

どのお店もカウンターがあるだけ

小さなテーブルが2つ3つ置かれているお店もあったけれど

すべてお酒を飲むお店だったので、入って夕食を食べる勇気が出ない。

復興屋台村に少しでもお金を落としたいという気持ちだけが空回り。

お土産品を探すも、見つからない。





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結局ひやかしただけじゃないかと

ごめんねごめんねとつぶやきながら

大船渡駅の真後ろの復興商店街へ向かう。






20120828RIMG0047.jpg

こちらは週末の土曜日だというのに

人影はまったく見えない。

翌日に向かった気仙沼では見られる、多くの観光客の姿が

ここ、大船渡では見かけない。




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夕方だからなのよねと

自分に言い聞かせて、夕食のためのお店を探すも

営業中の札が下がったお店の扉を開ける勇気が出ない。

本当に情けない。

何をしにここまでやって来たのか、中途半端な私の根性が笑える。

せめてもの罪滅ぼしに、お菓子屋さんで和菓子を数種類買った。



自宅に帰ってから食べたお菓子は

どれも丁寧に作られていて、とても美味しかった。






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復興商店街を後にして港まで歩いてみる。





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岸壁から道路1本を挟んで、海の目の前のデパート

瓦礫撤去されて以後は手つかずの様子。





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岸壁の修復もまだまだ。





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何の工場、何の作業船だろう?

稼働していることを示す、たくさんの煙突や明かりが見える。






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写真左手前が私の泊まったホテル。

隣のビルや道路を挟んで向かいにあるデパートは廃墟になっていて

ホテルの周囲は

辺り一面夏草が生い茂る荒れ地のその中にあって

とても奇麗な姿を見せてくれた。

聞けば、このホテルも3階部分まで津波の被害に遇い

昨年の暮れに改装終了して、オープンしたそうだ。

結婚式も出来る華やかなホテルだ。





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おそらくは震災前は

この街で一番の賑わいを見せていただろうデパートが

このホテルの目の前にあって、こんな状況の中でも

こんなに奇麗に再建して営業をしているホテルがあることが

何と言えばいいのだろう?

タフだなあと、素直に感動したのだ。

人間って、なんと逞しい生き物なんだろう。





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復興居酒屋や復興屋台村や復興商店街で

夕食を食べることが出来なかった情けない根性なしの私は

『大船渡プラザホテル』のレストランで

せっかくなので海の幸一杯の、海鮮丼を食べた。

ご飯にたどり着くのがやっとの量のお刺身をお腹いっぱい食べた。





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夕食後、部屋に戻って小説を読むも

長時間の運転がたたって、

不覚にも翌朝まで眠ってしまった。




大船渡

中心地域は大変な被害を受けたけれど

住宅の多くは高台に建てられているので、住宅街は元気だ。

再建はとても大変なこととは思うけれど

元気な部分もたくさん見せていただけたのでよかった。



この日、大船渡港の岸壁に腰を下ろして見た夕焼けは

一生記憶に残ると思う。

どんな意味があろうとなかろうと

嘲笑いたくなるほどの中途半端な根性の私だけれど

やはり行ってよかったと、そう自分に言い聞かせた。







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どうなるものでもないのだけれど







8月18日早朝、家を出た。



東北自動車道をひた走る。

南相馬に向う予定が、事故渋滞に阻まれて

このままでは、日没までに大船渡へは行けそうにもない。

南相馬行きは断念。

代わりに荒浜に行ってみようと思い立つ。





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行ってどうなるものではないのだ。

行ってどうするものでもないのだ。

ただ、行ってみたいだけだった。




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ちっぽけな私のちっぽけな好奇心を満たすために

はたして行っていいものなのだろうかと悩み迷い

それでもと、ハンドルを握る。




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高速道路の出口インターを下りて

荒浜に向う途中

ドキドキと心臓が高鳴る。




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工事関係者・住民以外は立ち入り禁止の看板が立っている脇を

勇気を出して通り過ぎる。




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荒浜小学校の前を通過する。

その姿に愕然とする。




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防波堤の少し前に車を止めて

車から降りて自分の足で荒浜の地に立ち

その光景に驚愕を覚える。




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違う。

TVニュースの映像で見た荒浜とは全く違う。

私が見た映像の中の風景は、建物が撤去されて

更地になった風景だった。




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本当にここは仙台市?

賑やかな繁華街や、大きなオフィスや、見上げるほど高いビルや

たくさんの小綺麗な住宅や

そこで普通に暮らす人々の目の前にあっていい風景なの?




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なぜなんだろう。

どうしてなんだろう。

夏草の生い茂るまま

崩れた道路は水の下に沈んだまま

小学校は瓦礫置き場のまま

体育館は潰れたまま

まるで『無かったこと』にされているかのように

見事に置き去りにされている。




20120827RIMG0017.jpg

呆然と立ちすくみ

気を取り直して、慰霊碑に手をあわせて

そして、改めて周囲を見回す。




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まったく手付かずなんかじゃない。

残っているのは、家があった基礎の部分のコンクリート。

瓦礫は見事に撤去されている。




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コンクリートの基礎。



基礎の数だけ

いいや、残された基礎の何倍もの

家がかつてここにあったのだ。




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大きな庭石のある家

門構えの立派な家

アールになったモダンな門

広い基礎

それらを見つめ

どんな家だったのかを想像する。

住宅街特有の車もすれ違えない細い道路を見て

道の両側にびっしり家が建っていたことを想像する。




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ところどころに

故郷再生への応援を求めるメッセージ。





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ちっぽけな私ひとりが行って、どうなるものではないのだ。

私ひとりでは、どうすることもできないのだけれど

荒浜に戻りたいと望む人々がいる。

千年に一度の津波になんか、故郷を奪われてたまるかと

こころから願っている人々がいることを

知っただけでも、訪れた意味はあったのだと

そう思う。







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