2013年06月 | ARCHIVE-SELECT | 2013年08月

| PAGE-SELECT |

≫ EDIT

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

| スポンサー広告 | --:-- | TOP↑

≫ EDIT

福島のペットシェルターに行ってみて






先々週の7月11日に

福島県の被災動物保護センターにお手伝いに行ってきた。



20130723IMG_3591.jpg

何故急に、ペットシェルターのお手伝いを

思いついたかというと

動機は、とっても不純。

とにかく福島県に行きたかったから。

福島に行って、震災直前にお世話になった、

三春のデコ屋敷の奥さんに、お礼を言いに行きたかったから。

だけど、それだけで福島に行くのはもったいなくて

どうせなら、ひと様のお役に立てた方が良いかな? と思ったから。

シェルターのスタッフさんには叱られそうな

そんな甘っちょろい動機。




20130723IMG_3595.jpg

動機はともかく

初めて、被災動物保護の現場を目にして

お散歩やお掃除のお手伝いをさせていただいて

感じたことはたくさんあった。




20130723IMG_3597.jpg

けれど、不純な動機でボランティアに参加をして

しかも、たった1日だけしかお手伝いしてないし

針の先ほどしか、お役に立てなかった私が

感じたことを、あれこれ言っていい立場には、いないと思う。




20130723IMG_3601.jpg

ここまで、動物たちのお世話を続けて行くには

大変なご苦労があったかと思うし。





20130723IMG_3610.jpg

だから、事実を少しだけ。



猫さんも犬さんも

空調の整った快適な設備と、健康に留意した管理下の元で

暮らしていました。



20130723IMG_3609.jpg

このシェルターの預かり猫は、現在160匹。

うち、飼い主さんの決まった仔は10匹だけ。

犬は現在40頭。

そのほとんどが、中型大型犬のミックス犬で老犬が多く

そのために、里親さんの決まらない仔たちばかり。



私がお手伝いをさせていただいた、このシェルターの他に

福島県内では数軒のシェルターがあって

まだまだたくさんの、引取先が決まらないペットがいます。

その多くは、制限区域内からの保護犬猫と預かり犬猫。

悲しいけれど、これも今、福島で続いている現実。

原発事故が生んだこの仔たちのお世話は

心が強くなくては、出来ることじゃないなあと

情けない私は、たった1日で

お手伝いを終了させてしまったのでした。





20130723IMG_3625.jpg

お手伝いが終わった後は

今回の福島行きの主目的である

三春デコ屋敷へ。




20130723IMG_3617.jpg

三年半前のお礼を言っても

奥さんは当たり前だけど、私のことなど覚えちゃいなかった。




20130723IMG_3621.jpg

けれど、

「わざわざ来てくれたのだから」

と、屋敷内を案内してくださった。

とても優しい奥さんとのひととき。

のんびり穏やかな時間が流れて、記憶に残る出来事が

また一つ増えた気がして嬉しかった。



20130723IMG_3626.jpg

帰りがけ

お土産屋さんで、アイスコーヒーを飲みながら

お店のお姉さんとお喋りを楽しんだ。

こんなのどかな山里なのに

原発事故の風評被害でお客さんが減ってしまったって。

震災後1年間は、お店を閉めていたって。

だから

私に出来ること

お土産を買わせていただくことと

お話を聞くこと

それしか出来ないけど

「頑張って」

帰りがけ、そんな気持ちで車の窓から手を振ったら

お姉さん

お店の外まで出て笑顔で見送ってくれた。




20130723IMG_3634.jpg

その後、訪れた滝桜の里で、お散歩中のおじさんが

「なんだい、花の季節に来ねえで」

と、立ち止まって話し掛けてくださった。

おじさん

とても、誇らしげだった。





20130723IMG_3647.jpg

動物たちの世話をたった一日で諦めた私は

(心が弱いからね)

翌日は普通の観光客になって

小学校の修学旅行以来訪れたことのなかった五色沼に向かった。




20130723IMG_3695.jpg

20130723IMG_3699.jpg

20130723IMG_3700.jpg

20130723IMG_3705.jpg

20130723IMG_3708.jpg

自然散策路を歩いた後は

桧原湖のレストハウス駐車場の隅にある

裏磐梯茶屋で一休み。

個性豊かな店主とのお喋りを楽しませていただいた。




20130723IMG_3727.jpg

20130723IMG_3725.jpg

20130723IMG_3728.jpg

その後は

猪苗代湖に立ち寄り

かめ丸に乗船して猪苗代湖を周遊。

湖畔の食堂で名物のソースカツ丼を堪能して

ひとりハンドルを握り、帰路に着いた。




20130723IMG_3711.jpg

1泊2日の一人旅。

この旅で一番印象に残ったことを

自分のために書き残しておきたい。



20130723IMG_3712.jpg

桧原湖のレストハウスで、

お土産品のブースの隅に座って、木彫をしていた男性がいた。

歳は私よりも少し上くらい。

「何処からいらっしゃいました?」

男性から掛けられた言葉に応えて

埼玉から来たこと、元々は石巻出身で、小学校の修学旅行で来たことがあると

そんな短い会話を交わした。

裏磐梯茶屋でソフトクリームを食べた後

その男性が気になって、というより

言葉を交わしたのに、何もお土産を買わなかったことが気になって

男性のブースへ戻って、虫を象った木彫りのブローチを買った。

その際に

昨日、ペットシェルターでボランティアをさせていただいたことや

震災以来足繁く宮城で活動させていただいていることをお話した。

「福島へは、なかなか来れなくて」

そう言って謝る私に男性は、こんな愚痴とも嘆きともつかない言葉を

語り出した。

「私の本職は木彫りのルアー作りなんです。
 
 原発事故の影響で釣り客がかなり減って、商売にならないから

 こうして、土産物を作っているんです。

 だけど、私らには何の保証もないんです。

 制限区域から逃げて来ている人たちには毎月一人当たり

 10万円の生活費が配られます。

 じいちゃんばあちゃん含めて、7人家族だと70万円貰えるんです。

 その他に、なんだかんだと貰えて

 1ヶ月100万円支給される家族がいるんです。

 100万円

 半分は生活費にまわして、半分は貯金するそうです」

「半分だと50万円ですね。半分だけでも贅沢に暮らせますね」

私がそう言うと男性は

「そうでしょう? 
 
 だから、働くのがバカバカしくなるんです。

 勤労意欲がなくなるんです。

 こんなやり方は、間違っていますよね?

 働ける場所や、暮らせる場所を作る方にお金を回さなきゃ。

 細々でも、働けることの方がどんなにいいか」

そうですね、と相づちを打つ私に男性は、

「こんなに長引くとは思ってなかったなあ」

と、ため息を着いた。


お喋りの後、五色沼自然散策路の出発地点まで

バスで戻ると言う私に男性は

バスの乗り場や出発時間を丁寧に教えてくれた。




20130723IMG_3710.jpg

バスの時間までは、まだ間があったので

桧原湖湖畔を歩いて、バス停まで戻ると

先ほど、

「ありがとうございました」

とお互いに言い合って分かれたはずの男性が

私に向かって歩いて来た。

「探していたんです。お礼にこれを渡したくて。

 良かったら、使って下さい」

そう言って、男性の手作りの耳かきを差し出した。

「え、いいんですか!」

そう言って遠慮する私に男性は、

「その代わり、また来て下さい」

そう言って、笑顔でレストハウスへ戻っていった。

男性は、そのままレストハウスの中へは入らずに

バスが来るまで、その場で佇んで

私の乗ったバスが走り去るのを、手を振って見送ってくれた。

私もバスの中から、手を振って別れを惜しんだ。




ほんの少しの出会いだったのに

ほんの少しの会話だったのに

たぶん

鬱積した想いが吐き出せたのかしら? と思う。

この男性の言葉に

福島の人が抱える問題や矛盾や苛立や怒り悲しみといった

様々な懊悩が凝縮されているのだと言ったら大げさだろうか。



ふらりと

本当に、ふらりと通り過ぎただけの私に

「本当にありがとうございました。また、ぜひ来て下さい」

そんな言葉をくれた。

だから

お礼をしなくちゃいけないのは、私の方なのに。

ありがとう

福島のひとたち

みんな優しかった。




決して奢っているわけでは無いのだけれど

こうして福島のひとたちの話に耳を傾けること

ほんの少しの会話でも、ほんの少しの時間でも

相手の立場になって

話し相手になることが出来れば

それは、きっと誰かのお役に立てていることなのかなと。

だから

私はまた、福島へ行こうと思う。

時にはボランティア活動で、

時には普通の観光客で。







ブログランキング・にほんブログ村へ





スポンサーサイト

| Ishinomaki | 08:00 | TOP↑

≫ EDIT

あと何年、一緒に暮らせるのだろう?






ポップの誕生日とラムネマリネの誕生日と

ヒトさんの誕生日と

来月のHuranaさんの誕生日のプレゼントをいただいた。

いやはや

ヒトさんの誕生日は、すっかり忘れてたね。




20130710IMG_3532.jpg

パパさん

いつもご贔屓にしていただきまして

ありがとうございます。




20130710IMG_3540.jpg

早速、お決まりの写真を撮りましょうか。




20130710IMG_3537.jpg

ポップちん、落ち着いてくださいね。




20130710IMG_3542.jpg

だからっ!

食べさせてあげるからっ!



この後、容器から出たシャーベットを丸呑みしたポップ。

今日で8歳になりました。

犬の年齢の数え方は、諸説あって

どの数え方が正しいのかは分からないけれど

たぶん8歳のポップは、人間の私のと丁度同じくらいの年齢。

人間の息子の誕生日は、単純に成長が楽しみだったけれど

愛犬の誕生日は、少々複雑。

だって

大病もしないで、8年も我が家で暮らしてくれたことを

感謝する日でもあるけれど

いつかは私の歳を追い越してしまう誕生日が来ることを

実感する日でもあるから。

今日がその境目。

確実にポップは、来年の誕生日には私の年齢を追い越してしまう。

あと何年一緒に暮らせるのだろうと思うと

胸が張り裂けそうになるから、考えない。

考えない

考えない

よおし!

考えないぞー!




20130710IMG_3573.jpg

美味しかったのね?

ポップ

良かったね。





20130710IMG_3574.jpg

美味しい顔した8歳のポップさんの写真ください。




おっと! ピンボケ。




20130710IMG_3576.jpg

カメラ目線ください。




20130710IMG_3559.jpg

だからっ!

耳を下げると

何だか分かんない別の生き物になるから

やめてくださいっ!








ブログランキング・にほんブログ村へ


| Daily life | 09:03 | TOP↑

≫ EDIT

取り戻せることを、願わずにいられない






だいぶ日にちが経ってしまったけれど

6月26日(金)〜28日(日)の金華山ボランティアツアーのご報告。



20130709IMG_3363.jpg

今回の作業は久々のガテン系。

震災で緩んだ地盤が、その後の台風の大雨で土砂崩れを起こしてしまい

その土砂に埋まった倉庫から、使える物を取り出すという作業だ。

上の写真は、土砂崩れを起こした斜面。



20130709IMG_3364.jpg

そして、この写真が土砂に埋まった倉庫。

2年間もの長い間、人手が足りなくて

手付かずで、放っておかれた倉庫だ。



20130709IMG_3368.jpg

この木材をスコップで掘って取り出して

別の場所にある、現在使用中の倉庫に運んで片付けるのだ。



20130709IMG_3370.jpg

それから、この写真の単管も同様に取り出して使用中の倉庫まで運ぶ。



20130709IMG_3372.jpg

27日(土曜日)朝、8時半開始の作業は、

まずは、使用中の倉庫の片付けから。

作業前の写真を撮り忘れたのだけれど

床一面に散乱している、神社のお社の瓦を隅に重ねて

スペースを空ける。

鬼瓦が、一人の力では持ち上がらないほど重い。



20130709IMG_3374.jpg

重ねた瓦が、崩れてしまわないように

ストッパー代わりの畳を運ぶ。

この畳も重い。



20130709IMG_3356.jpg

男性陣は、倉庫脇で単管置き場作り。

この後、崩れた倉庫から置き場まで

全員で単管運び。

重い、重い。



20130709IMG_3379.jpg

単管運びが終わったところで

本格的に土砂の中から、材木を掘り出す。



20130709IMG_3385.jpg

掘って、掘って、掘って。



20130709IMG_3386.jpg

掘って、掘って、とにかく掘る。



20130709IMG_3406.jpg

1日半かかって掘り出した材木の山。

この後、使える物と捨てる物の選別や

泥まみれになった材木を洗ったり。




20130709IMG_3412.jpg

作業開始前には、一日半で終わるかどうか危ぶまれたけれど

さすが、腕に覚えのあるガテン系大好きチームの働き。

あっという間に、すっきり片付いた。




20130709IMG_3401.jpg

単管たちの引っ越し完了!



20130709IMG_3414.jpg

材木たちも引っ越し完了!



20130709IMG_3415.jpg

泥に埋まっていた資材は、これでやっと使うことができる。

使える物は、あきらめないで、使う。

そのお手伝いが、少しでも出来たのだから嬉しい。




20130709IMG_3360.jpg

この日の作業現場の隣にある、この燃料倉庫。

実は、昨年2月にブログアップした「人生初、 つるはしを持つ。」の中で

作業をした倉庫だ。

この時は、凍るような真冬日の作業で

凍った土砂を取り除くために、私は人生で初めてつるはしを握ったのだった。



20130709IMG_3357.jpg

燃料倉庫

まだまだ傾いているし、壁のブロックは一部欠けたままだし

土砂も完全に取り除くことは出来なかったけれど

現役の燃料倉庫として、使用して下さっている。

あの時の、小さな一振り(つるはしのことね)が

役に立っていたんだなあと思うと、本当に嬉しい。



20130709IMG_3387.jpg

作業の全てが終了!

今回も、泥だらけになって頑張った。

重い物を持ったので、筋肉痛で大変だったけれど

本当にいい汗をかかせていただいた。




20130709IMG_3416.jpg

金華山を後にする時、久々に参道を通ってみた。

参道や灯籠は、悲しいけれど復旧があまり進んでいない。




20130709IMG_3421.jpg

船着き場から、参道の入り口までの道も

まだまだ、この有り様。



20130709IMG_3427.jpg

だけど、一方では確実に復興は進んでいる。



20130709IMG_3435.jpg

仮設の桟橋だけだった、船着き場には

防波堤や桟橋も出来て

70人乗りのフェリーも、日曜日だけではあるけれど

定期便として就航していた。



20130709IMG_3444.jpg

この日は、参拝のお客さんを乗せて来たフェリーに

特別に乗船させていただいた。

船内が、かつての賑わいを取り戻せることを

願わずにいられなかった。



20130709IMG_3445.jpg

鮎川に着いてからは

いつも通り

復興商店街での昼食。

自腹だけれど、キツイ作業のご褒美かな?



20130709IMG_3446.jpg

皆、思い思いの料理を頼んでテーブルを囲んだ。



20130709IMG_3447.jpg

私が「クジラの竜田揚げ定食」を頼んだら

周りのおじさんたちが、

「給食で散々食べさせられた」だの「貧乏くさい」だの言っていたけれど、

この竜田揚げは見かけによらず、とても柔らかくて

めちゃくちゃ美味しかった。







ブログランキング・にほんブログ村へ


| Ishinomaki | 19:00 | TOP↑

≫ EDIT

☆ハッピーバースデー☆








誕生日だからというわけではないけれど

新しいベッドを買った。


20130707IMG_3488.jpg

お友だちのブログで紹介されていたこのベッド、

平らなボックス型のカバーを購入して

中身は飼い主の古着を詰めるという仕組みだ。

飼い主の匂いが大好きな犬と

洗濯が大好きな飼い主にとって

まさに一石二鳥の商品だ。




20130707IMG_3492.jpg

しかし、ここで問題が発生。

数日前に届いたこのベッド、

Mサイズを購入したために、中身の古着が足りないのだ。





20130707IMG_3495.jpg

さて、どうしたものかと

とりあえず中身を詰めないままでリビングに広げてみると

いつのまにか

パグが2匹寝そべっていた。

どうやら、中身が入っていなくても、気に入ってくれたらしい。




20130707IMG_3484.jpg

当分は、毛布でも詰めておいて

衣替えの度に、徐々に古着を増やしていけばよいかと決めて

早速、中に詰める毛布の洗濯をした。

あれ?

飼い主の匂い、消えちゃうかも。




震災以降

私の興味や注意が、被災地やボランティア活動に向けられているために

ブログの更新頻度が減って

新たに夢中になっていることがあるのも手伝って

パグたちの露出が減ってしまった感があるけれど

パグたちに向ける愛情まで減ってしまった分けではなく

相変わらず

私とパグたちとの蜜月は続いている。

今日はラムネマリネの兄妹の5回目のバースデー。

当地は朝から晴天なので

今夜は空の上で、織り姫と彦星の年に1度の逢瀬が叶うかな。

それとも、あんまり暑くてバテて寝込んでいるかもね。


さてさて今夜はパグズの誕生日だからとて

特別なことは、何もしないつもり。

せめて、大好きなジャガイモと鶏のササミでも

茹でて食べさせてあげるくらいかな。

特別なことは、 何もしないけれど

今夜は星に祈ろう。

犬との暮らしを私に与えてくれたことに感謝を込めて

この兄妹の健康と長寿を願って。







ブログランキング・にほんブログ村へ






| Daily life | 10:45 | TOP↑

≫ EDIT

つい、感傷に浸ってしまう




先週末の6月26日(金)〜28日(日)は

金華山へのボランティアーツアに参加をしていた。

(作業内容については後述)


20130706IMG_3451.jpg

久々のガテン系のご奉仕で、たっぷりかいた汗を流すため

埼玉までの帰路の途中で、私たち一行13名を乗せたバスは

石巻の市街地、大街道にある「元気の湯」に立ち寄った。

日中にこの場所でバスを降りることは、滅多に無いチャンスだったので

べとつく身体をさっぱりさせたい気持ちもあったのだけれど

汗を流すことは諦め皆が入浴している間に、私はひとり

かねてから気になっていた「ホット横町石巻」へ行くことに決めた。

実は、2011年7月末のオープンから二日後に

私は姉一家と一緒に、この横町を訪れていた。

あの時の賑わいといったら

押すな押すなの人混みで

空席が見つからないのは、もちろんのこと

テイクアウトの料理ですら、長時間待ちの有り様だった。





20130706IMG_3452.jpg

今回2度目となった、この日は

生憎の曇り空だったけれど、穏やかな日曜日だったのにもかかわらず

あの時の賑わいが嘘のように思えるほど

人影がまばらだった。

それもそのはずで、横町入り口の張り紙には

「土・日のみ営業」の文字。

入り口脇のパン屋さんは、撤退してしまったのか

がらんとして、人の姿がなかった。

その他にも、空き店舗と

「当分は営業を見合わせます」の張り紙がしてある店舗が数店。



2年前のあの日は

やっとの思いで確保したステージ前の丸テーブルを6人で囲んだ。

そして、スピーカーから流れる大音量と、笑い声の渦の中で

冷たいビールで喉を潤したのに。




20130706IMG_3454.jpg


この時の、ほんの1時間前に昼食を食べた鮎川の復興商店街でも

同じような光景を目にしていた。

昨年夏に訪れた、大船渡でも気仙沼でも同様だった。

物珍しいうちは、人は集まるのだけれど

打ち寄せた波が、さっと引くように客足が遠のいてしまう。

それに加えて、ボランティアの数の圧倒的な減少も手伝って。

石巻では、やはり蛇田にある超大型店に客を取られるのだろうけれど

「仕方がない」とため息をついていてばかりでは、いて欲しくない。

被災地のどこでだって、やがてはボランティアは消えるのだから

自分たちの街の自分たちの「復興商店街」を守るのは

地元の人の利用があってからこそだと思う。

「失いたくなかったら、もっと利用しようよ!」

私の故郷の町、大街道の人達にもし、こんな声を掛けたら、

「出てった、おまえには言われたくない」

と、言われてしまうかもしれないけれど。



見事に閑散としてしまった今でも、

頑張って営業を続けてくださっているお店に敬意を表して

昼食を食べたばかりで、お腹がいっぱいだったけれど

冷たいコーヒーと、かりんとうたい焼きを食べた。

尻尾だけ食べるつもりだったのに

美味しかったから、丸ごと全部食べてしまった。

最後の一口を飲み込んだ時

ふと、あの日の雑踏が目の前の居酒屋のガラス窓に見えた気がした。





20130706IMG_3448.jpg

金華山行きのツアーバスは、石巻の沿岸を走る。

石巻の震災被害の、象徴であるかのようにメディアが取り上げる

彼の町を車窓に見ながら通り過ぎる。

帰り道

作業で疲れ昼食で満腹になった私は、どうやら居眠りをしていたらしい。

ガタンとバスが揺れた瞬間に目が覚め、窓の外を見ると

解体中の石巻市立病院の丁度正面だった。

あわてて、iPhoneを窓の外に向けたが

小さくなって、後ろの風景の一部になってしまう病院を

写真に納めるのが、やっとだった。


石巻市立病院は、癌を煩った亡き両親が入院していた病院だった。

ずっと仙台の国立病院にお世話になっていた父は

石巻に立派な病院が出来たので、喜んで主治医を代えたのだ。

国立病院のコの字の形の病棟からは、無機質な中庭しか見えなかったものが

石巻の新しい病院では、川も海も山も見渡せた。

父はベッドから抜け出して

院内のあちこちから、この景色を眺め楽しんでいた。

だから、この病院がこの場所にあったのは

最後まで生きようとする父の慰めになったことは、確かなのだ。





20130706IMG_3449.jpg

その病院が、無惨な姿をさらしていた。

おそらくは、次に私がこの場所を通り過ぎる時には

この建物は姿を消してしまっているのだろう。

あの日バスがここを通り過ぎる時に、偶然にも目が覚めたのは

父の仕業だったのだろうか。




いい病院だった。




20130706IMG_3350.jpg

石巻に限らず、

震災遺構の保存の問題があちらこちらで展開されているようだ。

賛否両論あって

どちらの意見も頷けるもので

私は何も言う立場には無い。


市立病院の建っていた目の前の海、雲雀野は

私がここに立っていた少女時代には

波間に見える無粋な防波堤など、何も無かった。

もちろん、沖合に果てしなく広がる人工島も何も無かった。

道路と砂浜を隔てる堤防をよじ登って、砂浜に出ると

そこは、延々と続く海岸線と

青く広がる海だった。



時代の波とか、経済効果とか、政治的なこととか

理由は色々あるのだろう。

震災という悲劇が無かったとしても、故郷は変わっていく。

不変なものなど、無いのだし

私もやがて、死んで消えていく定めなのだから

つい、感傷に浸ってしまう私の言葉など

取るに足らない愚痴なのだ。







ブログランキング・にほんブログ村へ



| Ishinomaki | 11:59 | TOP↑

| PAGE-SELECT |

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。