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土曜日は旅の記憶 Vol.29『熊本ひとり旅その1』







2013年12月5日(木)〜7日(土)

熊本へ一人旅をした。

熊本を旅先に選んだ理由は特にない。

たまたま時間に余裕があったのと、 

JALカードの搭乗ボーナスマイルが欲しかったのと

JALパック熊本・阿蘇の温泉宿費用が格安だったのと

温泉に浸かりたかったのと

阿蘇へ行ったことがなかったから、とかそんな理由。




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今回の旅のお供は、熊本空港で借りた日産モコ。

3日間で約480キロを文句も言わず走ってくれた。




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1日目

空港から脇目も振らず向かったのは通潤橋。

お決まりの「くまもん」がお出迎え。



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通潤橋(つうじゅんきょう)は、

熊本県上益城郡山都町にある石造単アーチ橋。

嘉永7年(1854年)に阿蘇の外輪山の南側の

五老ヶ滝川(緑川水系)の谷に架けられた水路橋。



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橋の上に上ってみると、歩けるようになっているんだね。

ただし、柵もなにもないから

自己責任で歩かなければならなくて、少々恐い。




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放水口を覗くのも恐る恐る。




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橋の周りはとてものどか。

この日は暖かな汗ばむほどの陽気だったのに

売店のおばちゃんが、

「今日は寒い」

と言っていたのが、印象的だった。




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次に向かったのが県境を超えて、宮崎県の「国見ヶ丘」。

遠くに阿蘇山が見える。




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高千穂峡




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紅葉にギリギリ間に合った。




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高千穂峡は想像していたより

ずっとこじんまりとした渓谷だったけれど

水の青さが美しくて身震いがした。




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ボートがちらほら。

乗りたかったけれど、一人じゃなあ。




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2日目

白川水源




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ここの水は飲める。

柄杓があったので掬って飲んでみた。

たぶん私の心がそう感じさせたのだと思うけれど

甘かった。




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阿蘇山麓「ブルービーの庭」




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夏には、この庭一面に花が咲きほこり

ブルーの身体をしたミツバチが飛び交うのだそう。




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花の季節にもう一度訪れたい。

けれどもう来ることもないだろう、と想いを残したまま

立ち去った。



前章の『台湾」で書いたように

同行者がいる旅は、相手の希望にも合わせなければならないので

行きたい観たい場所、食べたいものを

あきらめねばならないことが多々ある。

一人旅の場合は、誰に遠慮がいるものか

時間と予算が許す限り、自由気ままに己の欲望に忠実な

旅が出来る。

一人旅の魅力はそこに尽きるのだ。

しかし、同行者のいる旅にも楽しみはある。

何よりも感動を共有できる。

予算と日程をやり繰りして、せっかく出かけるのだもの

楽しみたい。

私の場合、近場に出かけるのは誰かと一緒でも

遠方へは、一人で出かけた方がいいなあ。

だって、

近場には又の機会があっても、遠方には又の機会はないのだもの。







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土曜日は旅の記憶 Vol.28『恨みの台湾』





今の生活がいつまで続けられるかという不安はあるが

とりたてて生活に不満は、ない。



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「充実しているか、していないか?」と問われれば

きっと「充実している」と答えるのだろう。

そんな平穏な日々の暮らしのなかで、

どうしてなのか毎日襲われてしまう、やっかいな感情がある。




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それは

「やるべきことを今日もやっていない」という

焦りとも後悔とも自虐とも、なんとも説明の付かない感情だ。




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私は、この「やるべきことをやっていない」という気分に

ほぼ毎日のように侵される。

「支配されている」と言っても言い過ぎではないだろう。




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実際に「やるべきことをやっていない」ことは決してないはずだ。

仕事犬の散歩掃除洗濯炊事、はたまた不要品の整理整頓

ほぼ毎日、やるべきことはきちんとやっている。

1日の短いサイクルではなく、1年という単位に広げてみたとしても

文章教室に通い、ボランティア活動に精をだしているし

生涯という視線でみても

結婚出産離婚(離婚は余計か?)子育て、家を持ち車を持ち

まあ、一般的な(何をして一般的?)

日本人のやる(義務ではないので「やるべき」ではなく「やる」です)

大抵のことは、すでに経験している。




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じゃあなにをして「やるべきことをやっていない」と感じるのか。

それが、分からないから困っている。




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人として、この世に生を受け

人として死んでいく。

私の人生の終わりはそんなに遠い未来じゃない。

子供の頃のように「死」が、我が身とは無縁であるという感覚は

とおの昔に失っている。




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その、終わりが来る前に

「やらなければならない」ことが絶対にあるはずなのだ。




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このまま漫然と人生を終わらせてなるものか。

やるべきことをやらずに死んでなるものか、とそう思うのに

いったい何をしたらいいのかが、分からない。

私はこれから何をやったら満足するのか、充足感を得られるのか

それが分からない。





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とどのつまり

たとえスケジュールをびっしり埋めたとしても

「やるべきことをやった」という感覚が得られない。




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ダラダラとした休日を過ごせば尚更

「やるべきことを今日もやらなかった」と自分を責めることになるのだ。




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本当に面倒な性格だなあ、と思う。





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そして

「やるべきことを今日もやっていない」という

感情を支配するものから解き放たれるのが

旅をしているときなのだ。




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旅の間だけ、この「負」の感情から解放され

自由になる。

極端な話し

「ここで死んでしまっても悔いはない」とすら思ってしまう。

実際に死に直面したら、ジタバタするだろうけれど。




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現実逃避なのだと思う。

限られた人生への焦りから、逃げているのだ。

私は、きっと。




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そして、現実に戻り

旅行中の数日間を「やるべきことをやらないでしまった」と

自分を責めてしまうのだから重症だ。




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やるべきことから逃げないで、しっかり生きているならば

きっと「旅」に逃げずに

普段の生活を愛おしいと思えるのじゃあないか

だから、今年こそそれが何なのか見極めたいと思うのだけれど

難しい。

死ぬまでずっとこの気分を抱えたままなのかと思うと、泣ける。



ああ、何て後ろ向きな新年。




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さて、2013年5月の台湾旅行のハイライトは

上から7枚〜20枚目までの13枚の写真に映し出された

日本の昭和の時代が蘇ったような

ノスタルジックな街『九份』




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台湾旅行が決まったときから、この街へは必ず行こうと決めていた。

九份に行ったら、この写真のこの場所で食事をし

この場所の夜景を楽しもうと

それだけを楽しみに台湾へ行った。




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けれど、『食事と夜景』の提案を友人にあっさり却下されてしまった。

彼女は台北市内のオシャレなレストランでの食事を望み

夜景を観る時間に台湾マッサージを体験したいと望んだ。

私の希望を通せば、彼女の想いに悔いを残すことになるし

彼女の希望を受け入れれば、私に悔いが残る。

そこで、自由行動を提案したのだけれどそれも却下されてしまった。




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自分の希望を通せない私の性格の問題だと思う。

彼女に罪はないのだ。



後日

日テレの番組『世界の果てまでイッテQ』で

リポーターのイモトアヤコが、この場所に立ち夜景を眺め

「プライベートでもう一度来たい」と

九份の夜景を絶賛していたのを観て、腹が立った。

何に腹を立てているかというと、自分の優柔不断さにだ。

そんなに観たかった夜景であるなら

友人が泣こうがわめこうが、自分の意志を通せば良かったではないか。

なんと文句を言われても頑として聞き入れなければいいではないか。

それをしないで、友人の希望に従った私に文句を言う資格はないのだから。

半年以上も前の旅行に、いまだに未練を残して

グダグダ言っている私に「やるべきことをやる」日々が訪れるのか

甚だ心もとない年明けである。








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