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土曜日は旅の記憶vol.45『ハルシュタットの奇跡』




2013年8月19日(月)

ザルツブルグ近郊の・アニフのホテルで目覚め

朝食を食べた後、ザルツブルグ中央駅へ。



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世界遺産の町

『ハルシュタット』行きのチケットを買う。

オーストリアの国鉄は親切で

列車のタイムテーブルをプリントして

添付してくれる。



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駅のスタンドでコーヒーを買い

リンツ行き(だったと思う)の列車に乗り込む。



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途中、アットナングプッフハイム駅で乗り換える。




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車窓から見た風景は、こんな感じ。




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途中、所々で雨が降った。

川に沿った町が、所々にあって

ワクワクした。




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実は、この「東欧三ヶ国巡りの旅」では

『ザルツカンマングート』(ザルツブルグ湖水地方)を

観光するかしないかで、とても迷った。

日本を発つ前も、発った後でさえも迷ったくらいで

「行く!」と決心してからでも

今度は宿泊先をどこにするかで、散々迷った。




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....と、いうのも

ハルシュタットへのアクセスを調べると

何やら手段が複雑で、とても面倒そうだったから。

どこのサイトでも「鉄道やバスを使い、さらに船に乗る」と

書いてある。

私は「途方も無い田舎に、目指す町がある」という印象を

受けてしまった。



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けれど、オーストリアまで来たからには

やはり行きたい。

しかし、ザルツカンマングートに宿泊先を選んでしまったら

移動に時間を取られるため

ハルシュタット以外の町を観光するには

数日間の滞在を覚悟しなくてはならない。

そんなわけで、ザルツブルグ近郊のアニフに宿を決めたのは

究極の選択だった。

思い荷物をホテルに預けホテルを拠点にして

ザルツブルグ観光もでき、

ザルツカンマングート(ハルシュタット以外)の観光もできる。

ひとつの町に決め、のんびりしたいという気もしたけれど

持ち前の好奇心に負けた。

日程の限られている旅だ。

贅沢は言えない。



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ザルツブルグ駅を出てから約2時間半で

ハルシュタット駅に到着!




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可愛らしい田舎の無人駅。

駅舎のすぐ下の坂道を下りると

対岸の『ハルシュタット』の町へ行く

船の乗り場があった。




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対岸から乗客を乗せて来た船。

乗客が降りた後、早速乗り込む。




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町が近づいてきた。




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日本で言う「船屋」だと思う。

独特の建物が湖岸に建ち並ぶ。




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民家もアルプス風で

今まで、テレビの中の風景でしかなかったものが

目の前に現れるのだから、うれしい。



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上陸!




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早速、広場へ向かう。




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広場から湖岸へ出る道を散策した後、

丘に続く道を歩いてみた。



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まるで絵葉書の世界に迷い込んだみたい。




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「生きててよかった。生まれてきてよかった」

思わず、そう呟いていた。

惜しいのは、写真の腕がよくないこと。

写真を撮ったポイントは

このハルシュタットの景観を代表する写真が撮れる場所だ。

なのに、この写りの悪さ。

泣けちゃうなあ。




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高い山に囲まれた湖の町。

町全体が世界遺産だということも頷ける美しさだった。




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教会内部を見学した後.......。



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船着き場の見えるカフェのテラスで

この旅、恒例の組み合わせの

アイスクリームとビールをいただく。



その後、船の時間まで少し余裕があったので

広場まで戻った。

そこで、日本人の団体観光客の姿を見たので

おじさまに声を掛け写真を撮っていただいた。

すると、うしろから「.......さん? ........さんじゃないですか?」

男性の声がするではないか。

振り向くと、確かに見たことがある顔をした男性が

こちらを向いて立っているではないか。

誰だっただろう? と思い倦ねていると

「文章教室の..........です」と名乗られるではないか。



そう。

隔週で通っている教室の隣の席のおじさまだった。




ビックリしたって、もんじゃない。

簡単には辿り着けない

日本から見たら「世界の果て」みたいな

オーストリアの山の中で、知人にばったり会うだなんて

奇跡が起ったとしか言いようがない。

もし、私があと5分長くアイスクリームを舐めていたら

起こりえない出会いだった。




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その奇跡的な出会いも

おじさまおにいさまは奥様ご同伴で、

しかも団体のご旅行だったので

この写真を一枚残しただけで終わってしまったが

ハルシュタットでの強烈な印象を私に残したことは

言うまでもない。



はてさて

ハルシュタットもザルツカンマングートの他の町も

行ってみれば、わりと簡単に行けた。

列車の乗り継ぎも、バスの乗車も

迷うこと無くすんなりできた。




行ってみるものだ。




あれこれ迷い、悩んでみても始まらない。

こう、と思ったら実行あるのみ。

道は繋がっているのだから

「行きたい」という意志さえ持っていれば

なんとか行けちゃうものなのだ。




※ちなみに写真は真ん中が私です。







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まっちゃん「55回目の誕生日」によせて





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上の写真の、顔を赤らめ上機嫌でグラスを傾けている

スキンヘッドの男性の名は、松村昌男さん。

職業は運転士。

震災・復興応援ボランティア団体「チーム東松山」

設立当初からの、大切な仲間だった。




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私が彼と初めて出会ったのは

2011年8月26日。

その日深夜、私はチームの主催するボランティアツアーの

ツアーバスに初めて乗った。

参加者は17名。

男性10名、女性7名。

埼玉県東松山市を発ったバスは夜を徹して東北道を走り

27日早朝に宮城県石巻市・鮎川浜に着いた。

私たち総勢17名の寝床になったバスを

無事に目的地まで運んでくれたバスの運転手が

彼=松村昌男さんだった。

彼と初めて会話を交わしたのが、この27日の夜。

宿舎になった牡鹿家族村の中央管理棟の前庭で、

参加者全員で夕飯のカレーを作っていた時だ。

残念ながら会話の内容は覚えていない。

ただ、彼が甲斐甲斐しくカレー作りを手伝っていたことだけは

覚えている。

その夜

運転手という立場で参加していた彼の就寝場所は

私たち参加者の宿舎となる戸建てのコテージではなく

中央管理棟だった。

コテージのお風呂が、お湯が出なかったため

私たちは数人ごとに中央管理棟のお風呂を利用した。

その帰り

真っ暗な管理棟の前で彼と出くわした。

その時にも、彼と何かを喋った記憶がある。

運転手として参加をしている立場が手助けとして中途半端なことを

軽く嘆いていたような、

あやふやだけれどそんなことを話したことを

覚えている。



このツアー自体の目的は瓦礫撤去=ボランティアだ。

暑い一日で、とにかく大変な作業だった。

けれど、私にはとても楽しい一日だったのだ。

なぜなら

ボランティアに参加して以来、初めて仲間が出来た日でもあり

何よりあの日は、私の誕生日だったからだ。




「最高の誕生日」



大鍋で作った「バーモントカレー」を

仲間達とワイワイ楽しく一緒に頬張りながら

私はそう思っていた。

とにかく、

そんな日に私は彼と出会ったのだ。





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その後も何度か彼の運転するバスに乗った。

夜通し運転した後、帰路も運転しなければならない彼は

ボランティア作業には参加しない。

身体を休めなければならないのだから、それは当然のことだ。

けれど、そのことが私たちと彼との間を隔てさせているような気もした。

身体を休めるといっても、作業の間ずっと寝ているわけではなく

彼はチームのブログのための、良きカメラマンでもあった。

デジタルカメラで作業風景や視察先や、仲間達の集合写真を

笑顔で写してくれた。

そして、たくさんの写真を残してくれた。


逆に私は残せなかった。

これを書くに当たって私は、

彼の姿が私の撮った写真に残っていないかを

ブログの過去記事をくまなく探した。

そして、たった1枚だけしか探せ出せなかった。

上の写真。

宮城県南三陸町志津川の青空食堂での食事風景。

写真右で、カーキのポロシャツを着ているのが彼だ。

手にはカメラを携えている(おにぎりじゃないよね?)。

この時も

皆から離れ一人で写真を撮っていた私は

彼と言葉を交わした記憶がある。

活動について想うことを、彼は語っていた。



熱心だった。

優しかったし、気さくだった。

ぶっきらぼうなところはあったけれど

思い遣りに溢れた男性だった。


「だった」と過去形でしか彼のことを書けないのが

本当に残念でならない。

もっと元気でいたかっただろうし

元気であったなら、きっと彼は

私たちと同じ立場で、東北行きのバスに乗りたかったに

ちがいないはずだ。





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松村昌男さん

通称「まっちゃん」

かねてより病気療養中のところ、

2014年1月25日午前11時15分に永眠

享年54。

もうこれ以上、歳を重ねることのないまっちゃんの

今日は55回目の誕生日だ。

昨夜、ボランティア仲間の4人で

まっちゃんがよく飲みに行っていたというお店で

まっちゃんの誕生日を祝った。

まっちゃん

ふわりふわり私たちの背後を浮かんでいたと思う。

鼻の下をビローンと伸ばして

「オレってモテモテだよね」とか、なんとか言って。




私は、まっちゃんと

個人的なお付き合いをさせていただいていたわけではなかったので

まっちゃんの療養中には遠慮が先に立って

とうとうお見舞いに行かず終い。

それが一番悔やまれる。

もっと、話をするんだった。

たとえ迷惑がられても、もっともっと話をするんだった。

会いたいという、自分の気持ちを優先させても

良かったんじゃないか、と。

たぶん、そういうことを教えてくれて

まっちゃんは逝ったのだと思う。

今年の元旦に、チームの仲間の家でお餅つきをした。

まっちゃんは病院を抜け出してやって来た。

胸に咳止めだか痛み止めだかの薬を胸に貼付けてだったけれど

元気そうだった。

まだまだ死なないように見えた。

なのに、私にお餅つきの参加費¥1,000-を貸してくれたまま

逝ってしまった。



まっちゃん

誕生日おめでとう!

¥1,000-の借りがあるから

私は忘れないよ、まっちゃんのこと。

今度はまっちゃんの二つ目の誕生日の1月25日に

私たちの背後をふわり浮かんでね。

そしてまた、一緒に飲もう。





※まっちゃんの写真3枚はボランティア仲間が「みんなで共有しよう」と携帯に送ってくれたもの。ここにアップすれば、すくなくとも携帯よりも共有度が増すかな、と思ってアップしました。いくちゃん(読んでないと思うけど)ありがとう!





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土曜日は旅の記憶vol.44『ザルツブルグ歴史地区へ』


2013年8月18日(日)昼頃

ドイツ人一家と別れ

ウンタースベルク山を下りて

バスに乗ってザルツブルグ市街の歴史地区へ向かう。



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まずは街中心の市街へ。

ガイドブックを持たない行き当たりばったりの行動なので

どのバス停でバスを降りたらよいか分からず

『ホーエンザルツブルク城』が一番近くに見えるバス停で

降りてみた。



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大正解! 

.........だったのかは、分からない。

市内はバス網が発達しているので

どの路線がどのように走っているのかつかみ切れず

降りたバス停から中心地の広場までは

10分も歩かなかったので

まあ、正解だったのかな?




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お腹が空いたので腹ごしらえ。

ピザとコーラ。

ピザが大き過ぎて半分しか食べられなかった。




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広場にはたくさん屋台が出ていて楽しい。




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「アルプスの少女」風の衣装を纏った人形たちが

たくさん売られていた。

可愛らしいし、お値段も優しかったので

三つ編みの少女の人形を買った。




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『大聖堂』

たぶん。

このあたりの記憶が怪しい。




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『レジデンツ広場』

たぶん。

ザルツブルグの旅への参考に、このページに辿り着いた方は

信用しないでね。




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『モーツァルト広場』

モーツァルトの銅像があるので、

これは当たっているかな?



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そうそう!

ザルツブルグといえば、『モーツァルト』の生誕の地。

旧市街にはモーツァルトに扮したお兄さんや

こうした看板やモーツァルトグッズが溢れていた。

そして、そこらじゅうに「モーツァルト」の名を冠したカフェが。




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朝、ホテルを出るときに購入した

ザルツブルグカードに運賃が含まれている

ケーブルカーに乗って、ホーエンザルツブルク城へ。





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結構な急斜面。




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城壁内にはあちこちカフェがあって

外カフェ好きの私には

それだけで、夢見心地になる。




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城からの眺め。




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これは........

うーん。

ひょっとして別の場所の写真だったかも。




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カフェやショップがあちこちあって

城内なのだけど

ひとつの街を歩いているみたい。




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城内はテーマパーク風。




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小さな子供連れでも楽しめる。




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城から見た『ザルツァッハ川』。




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午前中に登ったウンタースベルク山が

城から見えた。




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消火栓がオシャレで可愛い。




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そして、大好きな外カフェへ。

せっかくなので、城壁の上の見晴らしの良いカフェに

座った。




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街を見下ろしながら食べるパフェの味は最高!

このパフェのトッピングにトマトがあったので

ビックリ。

甘いものにトマトなんて、日本人の感覚には

ちょっと合わないかも。

ここではパフェとビールをいただく。

冷たい飲み物で甘くないものはビールと水しかない

ヨーロッパでは

もはやビールが水代わりなのだ。

砂糖の入っていない、お茶やコーヒーが恋しい。




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城からは歩いて広場に降りた。




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日没までは時間があったので

ザルツァッハ川ヘ向かう。

川岸にずらりとテントの屋台が並んでいて楽しい。




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ザルツブルグカードに含まれていたので

クルーズ船に乗り込んだ。

この日の最終のクルーズにギリギリ間に合った。

船長のアナウンスとパフォーマンスが楽しい。




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子供たち

ダミーの舵を握らされて、

本当に自分たちが操縦していると

思い込んでいて

客席の笑いを誘っていた。




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川の両岸は歴史的建造物が並ぶ。

けれど少し遠くへ行くだけで

自然がいっぱいだ。




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Thanks for your trip !!

こちらこそ、楽しい一日をありがとう。

旅はやっとここで半分だ。

けれどもう半分終わってしまった。

名残惜しさを胸に、この日はこのクルーズを最後に

ホテルに戻った。

はてさて、この日の夕食は何を食べたのだろう?

記憶も写真も残っていないのが

少々残念ではある。








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