2015年03月 | ARCHIVE-SELECT | 2015年05月

| PAGE-SELECT | NEXT

≫ EDIT

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

| スポンサー広告 | --:-- | TOP↑

≫ EDIT

土曜日は旅の記憶vol.67『ウィーン(東欧三ヶ国の旅・続き)』






2013年8月20日

ハラインの炭坑を見学した後

ザルツブルグ駅に戻り

コインロッカーに預けた荷物を出し

ウィーン行きの列車に乗った。




20150427.jpg

昨年の12月6日の更新で記述した通り

ウィーンへ到着したものの、

どのウィーン駅で降りたらよいのか分からない。

それというのも、ウィーン駅はいっぱいあって

予約したホテルがある場所の地図と

駅の地図を見くらべても

どの「ウィーン駅」で降りればよいのかちっとも分からないからだ。

適当にウィーン西駅で降りてみたものの

やはり、ホテルの場所が分からなかった。

仕方がないので、駅のロータリーのタクシー乗り場で

タクシーに乗った。

実を言えば、私は海外一人旅の場合

空港タクシー以外は、ほとんどタクシーを利用しない。

以前、上海で高い料金を請求されたことがあるし

なんとなく怖いイメージがあるからだ。

でも、「今夜の宿」がかかっているのだから

そんなことは言ってはいられない。

乗り場で順番を待っていた私に回って来たのは

黒人のドラーバーの運転する車だった。

オーストリアは治安の良い国で

正規の乗り場で、正規のタクシーに乗るのだから

と自分に言い聞かせ、ドアを開けて車に乗った。

ところが

ドライバーにホテルの名前を告げても「知らない」と言う。

地図を見せて「ここ」と指を指したが

ドライバーは地図の見方が分からないらしく

首を傾げるばかりだ。

泣きたい気分で、ホテルのある通りの名前を告げると

やっと「OK!」と言って、車を走らせてくれた。



グルグル市内を走り

ドライバーが「ここだ」と車を止めた場所で降りた。

荷物の出し入れを快くしてくれたので

チップを渡すと、困った顔をする。

オーストリアはチップの不要な国なので

受け取るのを躊躇したのか

はたまた私の差し出したチップが高額だったのか

その辺りの感覚は分からないけれど。

ドライバーは「Have a nice trip!」と言って去っていった。

ホテルは降りた地点のすぐ近くにあった。

予想以上の酷いホテル。

フロントのおばちゃんは、本当に普通のおばちゃんで

とても客商売の人物には思えず

フリーのWi-Fiがなかなか繋がらず

部屋は薄暗くてしけっぽくて悲しくなった。

この翌日は、ウィーン市内を見学後に

ハンガリーの首都『ブダペスト』へ移動予定だったので

1泊なら我慢してやろう、という心境だった。

日没前にホテルに着いたものの

ホテルの周囲は、古い繁華街でめぼしい店も名所もなく

どこにでもあるチェーン店のカフェでお茶をして

この日は終わった。





20150427IMG_4936.jpg

翌21日は、早起きして『シェーンブルン宮殿』へ。




20150427IMG_4935.jpg

駅に人の気配はなく、宮殿を示す矢印もない。




20150427IMG_4937.jpg

ちょうど前を行くカップルがいたので

その後ろを付いて行く。




20150427IMG_4939.jpg

5分程で宮殿に着いた。




20150427IMG_4944.jpg

20150427IMG_4943.jpg

入場券を購入して見学開始。

宮殿の内部は撮影禁止だった。




20150427IMG_4946.jpg

見学後はウィーン中心部へ繰り出した。




20150427P8211024.jpg

20150427P8211010.jpg

20150427P8211040.jpg

20150427P8211051.jpg

多勢の観光客と色彩の豊かなこと。

ヨーロッパは、どこへ行っても

街の中心の広場はこんな感じで楽しい。




20150427IMG_4951.jpg

『シュテハン大聖堂』



20150427P8211011.jpg

20150427P8211027.jpg

20150427IMG_4959.jpg

見学後に広場の一角にあったカフェで昼食をとった。

普段は飲まないビール。

この旅では水代わりに、本当に何度もビールを飲んだ。

冷たい飲み物はみな一様に甘く

水が不味い、ヨーロッパでは最高の飲み物だ。




20150427IMG_4954.jpg

広場には大勢の「モーツアルト」。




20150427P8211009.jpg

コンサートの客引きをしているのだ。

せっかくウィーンにいるのだから

1回でも、コンサートを聴きたかったのだけど

ブダペストへの移動時間が迫っていたので諦めた。




20150427P8211057.jpg

そんな時、歌声が聞こえた。

透き通る風のように広場に流れる歌声。

大学のコーラスグループだろうか。

曲目は「エーデルワイス」。



聞けて良かった。

ウィーンでの最高のお土産になった。


なんとなく、ほっこり

そしてなんとなく、寂しくなって

広場に背中を向けた。

そして、預けた荷物を受け取りにホテルに戻った。

次はいよいよ最後の国、ハンガリー。

「帰りたくない」という想いに支配されるのも

この頃からだ。








ブログランキング・にほんブログ村へ


スポンサーサイト

| Memory of travel | 13:16 | TOP↑

≫ EDIT

土曜日は旅の記憶vol.66『さよならローマ、さよならイタリア』





2009年3月6日

いよいよイタリア旅行の最終日だ。

午後には空港に向かわねばならないのだから

朝早く起きて

ローマ観光には外せない最後の場所

『真実の口』を観に行った。




20150426RIMG0002.jpg

しかし、時間が早過ぎた。

真実の口は、

サンタ・マリア・イン・コスメディン教会の外壁

教会の正面柱廊の奥に飾られている。

外から見える場所にあるのだけれど

廊下の前にはフェンスがあって近づけない。

ガイドブックによると

開場時間には、口に手を突っ込みたい観光客の

長い行列が出来るらしい。



だから

たった1人、ポツンと見学出来たことを

「ラッキー!」と思うことにした。




20150426RIMG0004.jpg

周辺の街は、さすが、ローマ!

中世感タップリだ。

ここで私は急に腹痛をもよおした。

こうした場合

トイレを拝借するためにホテルを探すのだが見当たらない。

どこかオフィスでもデパートでも、と思うのだが

如何せん早朝だ。

痛むお腹を抱えて地下鉄駅に駆け込む。

トイレがあった。

しかし、有料。

改札係に頼み、持っていたコインを

使用できるコインに替えてもらう。

しかし、トイレに入ってみるとカプセルみたいな

恐ろしい空間。

しかも、床も便器もびしょびしょに濡れていて気持ちが悪い。

中腰になって用を足したいのだけれど

西洋人仕様の便座には届かない。

泣く泣く

ハンカチで便座を拭き座った。

用を済ませ、水洗ボタンを押したら

うっひゃー! ってな感じで

床からやら便器の上からやらそこらじゅうから水が流れてきた。

なんだあ、これは? ってトイレ。

今だに思い出すと、うなされそうになる。

私のローマの最後の記憶は

真実の口=恐怖のトイレ、だからね。

やれやれだ。



20150426RIMG0007.jpg

お腹が落ち着いたので、気を取り直して

スペイン広場へ行った。



20150426RIMG0008.jpg

映画『ローマの休日』で

アン王女が座ってジェラートを食べていた階段。




20150426RIMG0009.jpg

20150426RIMG0017.jpg

ジェラート

売っていたけれど

お腹が怪しいし寒いしで

食べなかった。




20150426RIMG0013.jpg

ここでも、せっかくなので

そこいらへんを歩いている西洋人に頼んで

記念写真を撮ってもらった。

さすがに「階段に腰掛けたい」とは、言えなかった。

この後、ホテルの近くまで戻りショッピング。

増えた荷物のためにショルダーバッグと

ジャージ素材のワンピースと大きなチェーンのネックレスを買った。



今回、ブログに記録するにあたり

6年も前の旅行の写真を振り返って見てみた。

写真は、この写真で終わっていた。

エアーや空港の写真が一枚もなかった。

まあ、エアーは地獄のエコノミーだったので

写す価値がないと思ったのだろう。

2009年は、ブログやその他SNSを

何もやっていなかったからなのか、

写真を撮ることに、あまり拘ってなかった。

撮影枚数は少ない。

画像の画質は恐ろしく汚くて荒い。

初日のフィレンツェの夜景を写したときの解像度で

設定をそのままで、写してしまったのが原因と思われる。



本格的にブログを付けだしたのは、この旅の後くらいからかなあ。

丁寧に写真を撮るようになって

その時々に記録するようになったので

ブログはまんざら捨てたものでもないなあ、と思ったりする。



やっとイタリア旅行の記録が終わったので

やりかけの東欧三ヶ国の旅の記録を再開するとしよう。







ブログランキング・にほんブログ村へ



| Memory of travel | 09:55 | TOP↑

≫ EDIT

土曜日は旅の記憶vol.65『コロッセオからトレビの泉へ』







2009年3月5日午後

バチカンを後にして、ローマ観光には外せない名所

『コロッセオ』に行った。



RIMG0782.jpg

おお!

子供の頃から、写真や画像で見慣れた建造物の

現物が目の前にある。



RIMG0752.jpg

近づいてみると

1階部分が、ぐるりと金属の柵で囲まれていたので

少々がっかり。

不審者の侵入を防ぐためには、いた仕方ないのか。



20150425RIMG0759.jpg

気を取り直して記念撮影。

通りすがりの観光客にシャッターを押してもらう。




RIMG0760.jpg

入場券を購入して競技場内部に入ってみる。




20150425RIMG0761.jpg

20150425RIMG0765.jpg

上の写真

半分から下の部分は、当時は地下にあって

選手の控え室や、動物たちの檻だったそうだ。



RIMG0763.jpg

この中で

競技としての殺戮が繰り返されていたかと思うと

写真を撮るのを躊躇してしまう。

結局撮っちゃったけど。




RIMG0776.jpg

コロッセオ見学を終えて

コロッセオの敷地の隣にある古代ローマ時代の遺跡

『フォロ・ロマーノ』へ向かう。




RIMG0784.jpg

遺跡の周辺の街は中世感タップリだ。




RIMG0787.jpg

フォロ・ロマーノはローマ帝国・帝政時代初期までに

開発が繰り返されていて、

遺構も様々な時代のものが混在しているらしい。



RIMG0790.jpg

RIMG0791.jpg

RIMG0792.jpg

RIMG0798.jpg

RIMG0803.jpg

日本人だから感じ方は違うと思うけれど

歴史の重みを十分に感じられる場所だ。




RIMG0825.jpg

フォロ・ロマーノ観光の後は

「絶対に外せない場所」第2弾!

『トレビの泉』へ行った。

その場所は、土産物屋が建ち並ぶ細い路地の先にあった。

突然に目の前が開け

大勢の観光客でごった返していた。

けっして広くない場所

夕闇が迫っていたのに、不思議に明るい。

なぜだか知らないが

私はこの旅で、いちばん幸せな気分になった。




RIMG0828.jpg

泉の持つ「魔力」がそうさせるのだろうか。

皆、一様に幸せそうな顔をしている。

もちろん私は、後ろ向きになって泉にコインを放り投げた。

ポチャリ、とコインが泉に入るのを確かめた。

迷信に過ぎないと思うけれど

これでまた、ローマに来れる。

そう思っただけで、とても嬉しかった。








ブログランキング・にほんブログ村へ

| Memory of travel | 09:49 | TOP↑

≫ EDIT

土曜日は旅の記憶vol.64『最終地ローマ到着! バチカンへ』




2009年3月4日深夜

この旅の最終地点ローマに着いた。

アマルフィ海岸の街『ポジターノ』からバスに乗って

ナポリに戻り、ナポリからはイタリア国鉄に乗った。

乗車前に、ナポリ駅の構内でピザを買って食べた。

ナポリのピザは、たとえそれが

駅のファーストフードのものであっても、

驚くほど美味しかった。




20150424RIMG0661.jpg

ローマでは

この旅初となる、バスタブ付きの部屋に泊まった。

旅の最後となる宿泊先のホテル代くらい

奮発してもいいだろう。



20150424RIMG0659.jpg

広々としたツインルーム。




20150424RIMG0658.jpg

ベッドがひっついているから

ダブルルームかな?

とにかく、けっこうなお値段だったような

記憶がある。



20150424RIMG0667.jpg

翌5日は、まずバチカンへ行った。

バチカン(バチカン市国)はローマ市内にある

世界最小の独立国だ。




20150424RIMG0669.jpg

独立国、といっても

特にパスポートチェックの必要はなくて

大聖堂と美術館には入場料を払えば入れる。

外国人の立ち入りは、この2箇所と広場のみ

許されている。




20150424RIMG0674.jpg

まず、サン・ピエトロ大聖堂を見学。




20150424RIMG0684.jpg

20150424RIMG0691.jpg

20150424RIMG0692.jpg

20150424RIMG0701.jpg

見学後、お決まりの行動。

大聖堂の展望台に登った。



20150424RIMG0724.jpg

その後、美術館を見学。



20150424RIMG0736.jpg

モランディの展示室には誰もいなかった。

人気ないんだなあ。



20150424RIMG0748.jpg

システィーナ礼拝堂

ミケランジェロの『最後の審判』




20150424RIMG0749.jpg

人類の貴重な宝物だと思うのだけど

気軽に写真なんか撮れちゃったり。

日本だったら警備員に阻止されるよ。

絶対に撮影出来ないだろうなあ、と思ったり。


そんな貴重なチャンスだったのに

私の写真はご覧の通り、ボケボケだ。

まあ、私のやることなんて所詮こんなものだ。




20150424RIMG0751.jpg

せっかくなので

記念に、そこら辺を歩いている西欧人をつかまえて

シャッターを押してもらった。

ローマの滞在時間は一日半しか無いのだから

バチカンの見学は早足で済ませ、この後

コロッセオとフォロ・ロマーノへ向かった。

残り少ない旅の時間を思い存分味わうために。







ブログランキング・にほんブログ村へ




| Memory of travel | 13:39 | TOP↑

≫ EDIT

土曜日は旅の記憶vol.63『アマルフィ海岸の街、ポジターノへ』



アマルフィは、

イタリア共和国カンパニア州サレルノ県にある、

人口約5200人の基礎自治体(コムーネ)。

急峻なアマルフィ海岸に面して築かれた都市である。

中世にはアマルフィ公国(アマルフィ共和国)として自立し、

強盛を誇った海洋国家であった。

ポジターノはユネスコの世界遺産(文化遺産)に登録されている

アマルフィ海岸の西端にあたる。

(wikipediaより)



20150423RIMG0595.jpg

ポンペイ遺跡見学の翌日は

かねてからの憧れの地

『アマルフィ海岸へ向かった』

ポンペイからはイタリア国鉄を利用してサレルノへ行き、

そこからはバスを利用するつもりだった。

順調に行けば、所要時間は2時間とかからないはず。

しかし、出だしからやらかしてしまった。

サレルノに着くはずだった列車が辿り着いたのは

なんと! ナポリ。

そう。

反対方向の列車に乗ってしまったのだ。

仕方がないので、ナポリから

『ベスビオ周遊鉄道』に乗りソレントを目指す。

途中、スタート地点のポンペイの駅を列車は虚しく通り過ぎた。

最初からベスビオ周遊鉄道を使っていれば良かった。

後悔で泣けた。

やっと、ソレントへ辿り着き

アマルフィ行きのバスに乗り、一息付いたと思ったら

今度はそのバスが動かない。

なんと!

バスが故障した。

代わりのバスなど無い、と運転手は言う。

さすがはイタリアだ。

仕方がないので、バスから降り次のバスを待つ。

田舎のバスは1時間に1本程度だ。

この時は、本当に泣きたい気分になった。




20150423RIMG0606.jpg

この日のホテルの予約は最終地ローマだ。

遅くとも、夜10時までにはローマに着きたいのに

無駄な時間がどんどん過ぎて行く。

焦る気持ちを抑えて、目的地を

いちばんソレント寄りのポジターノに変えた。

本当は中心地アマルフィに行きたかったのだけれど。




20150423RIMG0610.jpg


崖の中腹を海に沿って走るバスを降りてからは

つづら折りになった坂道を

思いスーツケースを引きずってひたすら歩いた。




20150423RIMG0616.jpg

20150423RIMG0619.jpg

20150423RIMG0621.jpg

20150423RIMG0623.jpg

20150423RIMG0625.jpg

20150423RIMG0627.jpg

20150423RIMG0630.jpg

20150423RIMG0634.jpg

ふーふー言いながら

やっと、海辺へ辿り着いたときには泣けた。




20150423RIMG0635.jpg

ここからは遊覧船に乗って

隣の街へ行き

その街からバスに乗ってナポリへ帰るつもりだった。

しかし

生憎のシーズンオフで

遊覧船の発着場には人の姿がまったく見えなかった。




20150423RIMG0637.jpg

やれやれ。

仕方がないので

海の見えるカフェで、冷たくて甘いコーヒーを飲んだ。

その後

ビーチをとぼとぼ歩いた。




20150423RIMG0646.jpg

ポジターノ滞在は小一時間余り。




20150423RIMG0647.jpg

地獄のようなつづら折りの坂道を

ふーふー言いながらバス停まで登った。




20150423RIMG0648.jpg

20150423RIMG0652.jpg

紆余曲折があって

たった1時間しか滞在出来なかったアマルフィ。

本当に本当にステキな場所だった。

アルベロベッロよりも、私の目には素敵に映った。



もし、もう一度イタリアを旅することが出来るのなら

アマルフィを訪れたい。

アマルフィのどれかの街に宿の予約をして

何日か滞在して、のんびり、その空気を味わいたい。



今でも写真を見る度にキュッと胸が痛む。

恋して止まないアマルフィ。

イタリア旅行を検討されている方には

お勧めの場所です。




0866b7e3.jpg

ちなみに

観光ガイドに使われている写真が上のもの。

おそらく、夏に撮られたものだと思うけど

実際の景色も、この色に近い感じです。






ブログランキング・にほんブログ村へ




| Memory of travel | 11:47 | TOP↑

| PAGE-SELECT | NEXT

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。