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土曜日は旅の記憶 Vol.14『ブルージュの闇に消えて』




2007年夏、姉とのベルギー・オランダ旅行については
出発の3ヶ月程前から計画を立てていた。
私は自由業ではあるが、定期的な仕事を抱えているので
海外へ行く際には2~3ヶ月前からスケジュールを調整し、
数日間の休暇を作るために必死で仕事をこなす必要がある。
ごく普通のパート主婦である姉は、私からの援助に足りない分を
あちらこちらから費用を工面して旅行に臨むので
どの旅もそれはもう、お互いに楽しみで仕方のないものになるのだ。



このベルギーのブルージュへの旅も、もちろんその一つだった。



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楽しみにしている旅行の出発日が間近に迫ってきた頃に、
大腸癌の手術をして以来、体調が思わしくなかった母が
いよいよ布団から起きてこなくなったという姉からの知らせを受けて、
私は急いで郷里に帰り母を見舞った。
私の眼には、伏せている母がそう長くはないと映ったので
病院への入院を勧めたが
母と暮らしている姉は頑として母の入院を拒み、

「入院などさせたら、私が病院に付き添わなくてはいけないから
 旅行に行けなくなってしまう。」

と、自分で看病すると言い張った。



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私はもとより、
この姉も母の愛情を感じて育った記憶が無いに等しいが
父に懇願されて、結婚後も家を出ることもなく
嫁いびりならぬ婿いびりをする母とともに暮らし
まだ元気な頃の母から『面倒だ』と放棄されてしまった
胃癌を病んだ父の世話をし、そして看取った。
生来からの自己中心的かつ嫉妬深い性格に惚けがプラスされ
あたり構わず罵詈雑言をまくしたてる年老いた母を
何度も殺してやりたいと泣いていた姉だ。



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その姉が
「こんな女のために旅行はキャンセルしたくない。」と言う。
けれども
「この状態のお母さんを置いては旅行に行けない。」とも言う。

じゃあどうすればいいのだと困惑しながらも
私は寝たきりの母の口にスプーンでお粥を運び
顔や手足を濡れタオルで拭き、爪を切り、
「じゃあ、また帰ってくるから。」
そのように母に言い残し
「旅行の予約はそのままにしておくからキャンセル料は覚悟してね。」
そう姉に言って郷里を後にした。



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その日から丁度10日後の朝に、
リビングのテーブルの上の携帯電話に
着信音と共に姉の名前が表示された。



ああ母が死んだんだなと、思った。



それは出発予定の3日前のことだったけれど
私たち姉妹は予定通り旅立つことを決めた。



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通夜、告別式をバタバタと終わらせ
母の死から3日後に、疲れた身体と心を引きずったまま
ベルギー、フランドル地方の古都ブルージュの旧市街に
足を踏み入れた途端に姉は
「なんていいところなの。」と呟いたまま急に無言になり
しばらくの間、立ち止まっていた。


この時の姉の胸中に去来したものは何だったのだろう。
これまで、嫌というほど苦しめられた母のことを
姉自身が味わってきた苦労を想っていたのだろうか。
それとも母の死後わずかで異国の地に立っている
自分の薄情さを想っていたのだろうか。



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夜遅い時間に到着した私たちは
翌朝からブルージュの町中を散策し
運河巡りや大道芸人の踊る様を楽しんだり
カフェでのんびりお茶を飲んだりと
母の事など何も語らずに過ごした。


日が落ちる頃にホテルに戻り
「もう一度外に出て素敵なレストランで食事をしようね。」
と話しているうちに、疲れたのだろう
姉がストンと眠ってしまった。



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私は、父が愛情を持って接してくれたから
人の道に反れることも無く私たち姉妹が育ったのだと思っていて
ごく当たり前の愛情を与えてくれない母に対しては
憎いという感情しか持っていなかった。
姉もずっと同じ気持ちだと思っていたが
高校を卒業するまでの、18年間しか母と生活を共にしていない私と比べ
姉は52年間という長い時間を母と暮らしていたのだから
私が母に対する感情とは違う感情が
姉にはあったはずだろうとこの時にふと思った。
憎い、憎いと言いながらも姉は病気の母に付き添い
下の世話をし、食事をさせ最後を看取ったのだ。


「小さくなっちゃって。」


告別式の後、母のお骨を前に姉はそう呟いていた。



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姉一人に両親を背負わせてしまったことを、
本当にすまないと思う気持ちに私は襲われて
レストランでの夕食をどうしようかと思いながらも
「お姉ちゃん、お疲れさま。
 お父さん、お母さんを見送ってくれてありがとう。
 壮絶な毎日だったね。これからは自分のために生きて。」
そんなふうに姉の寝顔に語りかけていた。



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「一日でもお母さんが死ぬのが遅かったら、
 ブルージュには来れなかったね。
 苦労をかけたから、二人して行っておいでね、楽しんでおいでねって
 お母さんが私たちを送り出してくれたんだね。」

私には、母が私たち姉妹を旅行に送り出すために
息を引き取ってくれたように思え
その特異な性格から、子育てや夫の面倒を放棄してきた母だけれど
やはり母なりに私たちを愛していたのかもしれないと思いたかった。


母が私たちに最後に与えた愛情がこの旅だったのかもしれないと。



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私は空きっ腹を抱えたままだったけれど
ブルージュの夜の街を灯りを求めて
たった一人で外に出る勇気もないまま、
姉の寝顔を見ていた。

勇気を出して、
姉を置いて部屋の外に出てしまったなら
姉が暗い闇に融けて消えて
居なくなってしまいそうな
そんな悲しい想いに囚われて急に泣き出したくなって
語りかけても返事ない会話を
長いあいだ続けていた。



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