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―被災から16日目の石巻を歩いて― NO.2






被災から16日目の今月27日に故郷石巻を歩いて撮影してきた

写真を全て掲載したいと思っています。

昨日の続きになります。

被害の激しかった地区に入っていきますが

どうか目を反らさないで現実を見てください。

そして、ほんの少しでもあなたに出来る事、

お力を、被災した全ての方々のためにお貸しください。






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昨日の写真は実家のある大街道北から末広町の交差点付近まで。
地図上の赤いライン。
今日の掲載分は地図上の緑のライン。
末広町交差点から240号を門脇方面に進む。
途中、石巻消防署南分署付近の交差点から南光運輸の前を通り
真っ直ぐ日本製紙石巻工場に向かい
工場の壁伝いに宜山町方面へ。
セブンイレブンのある交差点から、また240号に出て
南浜町5丁目付近まで。


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泥だらけの駐車場と電線に乗り上げたままの車が目に入る。
言葉にならないが、それでも原型を留めているからまだいいのだ。
被害にあった車に『まだいい』という
不謹慎な言葉が出てしまうほど被害が大きい。
運転していた方の無事を祈ることしかできない。



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自衛隊の配給に並ぶ人たち。
実家にも自衛隊からの配給の食品が何点かあった。
贅沢は言っていられないが
乾いた食品ばかりで、いわゆる調理した食品がなかったのが
見ていて辛かった。




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車が十数台、山のように重なって
宙に浮いているものも。




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240号から南光運輸の前の道に入る。
どこから流れてきたのだろうか。
住宅の2階部分。




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部屋の中には立ち入り様もない。




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民家の軒先で横転した車。
右に見える金属の固まりはおそらく
工場のプラントの一部だと思う。
こんな重い物まで易々と波は運んでくるのだ。





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道路を通すためなのだろう。
除けられた瓦礫が道の両側に山のように積み上げられている。




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手前の四角い固まりは古紙の束。




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駐車場だったのだろうか。
一面の泥と瓦礫。
瓦礫と一括りにして言ってしまうが
元々は瓦礫などではない。
どれもが、被災した一人一人にとって想い出の品なのだ。




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後ろに見える家と同じ造りだったのだろうか。
泥が押し寄せ屋根しか残っていない。




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託児所の前に置いてあったぬいぐるみ。
誰が並べたのだろう?
ここが託児所だったことを、せめて知らせたい
そんな想いだったのだろうか。
悲しくて仕方がない。




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託児所の室内。




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子供たちのオモチャが散乱していた。
この託児所の壁には、2名の子供の親御さんにあてて
避難先を知らせるメッセージの張り紙があった。
二人の小さな子は無事に親御さんと出会えただろうか。
出会えたことを祈るしか出来ない無力な自分が
情けなくてならない。




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どこが道でどこが庭だったのかもわからない。
写真中央に見えるのは飲料水の自販機。




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お米屋さんの軒先にも工場のプラントの一部が
流れてきている。




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製紙工場の壁伝いに海側へ進もうと思ったが…




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道が塞がれて進めなかった。




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再び240号に出る。




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サンタのいるケーキ屋さん「アルパジョン」前。
手前はアルパジョンの駐車場だったところ。
元々は家のなかった場所だ。




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こんな大きなしっかりとした家も流されている。





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これをどうやって片付けて
元の生活に戻ればいいのだろう?




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この街のこと。
被災に遭った人たちのこと。





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想えば想う程、涙が溢れて止まらない。




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先を行く姉と姉の娘。
実際に被災して、この街に暮らす姉の目には
この光景はどう映ったのだろう。
姉の胸中を察すると、私など所詮は傍観者に過ぎないと思う。
そのことがとても申し訳なくて
出来る限りの手助けをしてあげたいと思ってしまう。




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石巻の基幹産業である「日本製紙」の入り口。
日本製紙では多くの市民が働いていた。
津波で命を落とされた従業員の方もいらっしゃるだろう。




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工場の再建はいつになるのだろう。
多くの人たちのために、一刻でも早く工場の復活を祈る。



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そしてここで働く『生きていてくれた』方たちの全てが
仕事を失わないでいられるよう心から願う。
日本製紙あっての石巻
旧くは東北パルプ、十条製紙あっての石巻だ。
どうか、小さな私の願いが
神様がもし存在するのなら神様に届きますように。
いつの日か必ず、高くそびえる何本もの煙突から
白煙のたなびく日が来ますように
私の心からの願いが叶いますように。







次回の更新では海岸沿いの地区の写真を掲載します。

故郷を巣立って30数年の時を経ておりますので

町名や建物、通りの名前など記憶が不確かな部分があると思います。

間違っている部分がありましたら、お詫び申し上げます。


写真を見てお分かりのように

復興には多くの人の手が必要だと思います。

どの被災地とも、多くのボランティアを必要としています。

ボランティアの条件として

食料、寝る場所、移動手段等、全て自分自身で用意することが

できる人に限られています。

私は実家の応援が一息ついた時点でボランティアに参加したいと

考えています。

ボランティアのもう一つの条件として

「心が折れないこと」があげられると思います。

手助けできるその日が来るまで心を強く持っていきたいと

思っています。





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