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―被災から16日目の石巻を歩いて― NO.3





昨日31日に嬉しいニュースがありました。

大型スーパーの「イオン」が開店したことを

お昼のニュースが伝えてくれました。

実はこのスーパーは下の地図上の左上の地区に有り

被災を免れています。

豊富な在庫を抱えているであろうに、

開店していれば、物が手に入らなくなった石巻市民や近隣の方達が

どんなに助かるだろうと思い、なぜ閉店したままなのかと

私は失礼ながら、訝しく思っていました。

昨日のニュースで謎が解けました。

このスーパーの2階のフロアが避難所になっていたそうです。

従業員の方たちが協力して、避難されている方達に物資や食料や労力を

提供して頑張ってこられたのだそうです。

店長さんの自宅が被災したのにも関わらず

一度も家には戻らずに被災者の方のために頑張ってこられたそうです。

被災地では被災者同士が助け合いながら毎日、懸命に生きています。





―被災から16日目の石巻を歩いて―

3回目の今日は海岸沿いの街、南浜町と門脇の写真を掲載します。

海岸沿いと言っても津波が押し寄せた門脇小学校などは

海から800メートルも離れています。

住民のだれもが、まさかここまで波がくるとは思っていなかったのです。





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今日の掲載写真は地図上の茶色のライン。
門脇と南浜町の間を240号を歩く。
途中、日和大橋には向わずに、真っ直ぐ北上川方面に進む。





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突然姉が大声をあげた。
どうやら、姉が長年勤めていた店舗の2階部分が、
この写真の薄黄緑いろの建物らしい。




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「うわあ」「きゃあ」と言いながらはしゃいで喜ぶ姉。
不謹慎かもしれないが、本当に姉は嬉しそうだった。
この店舗は、この写真を撮った場所から500メートル程先に有り
(つまり、500メートル流されてきたということ。)
壊滅状態になった場所に建てられていたからだ。
「まさか、残っているとは思わなかった。」
「写真、撮って。」
本当に嬉しかったのだろう。
姉の気持ちに応えるため、2回シャッターを押した。

この店の店長の娘さんの行方はいまだに分かっていない。




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通りから見た日本製紙工場。
一番大きな煙突が折れてしまったという話も。




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歩くにつれて全壊した家が多くなる。




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左に曲がるカーブを抜けるまでは
それでも、私たちは気持ちに余裕を持って歩いていた。




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この鉄筋の建物が目に入った時から
私たち3人から言葉が消えた。




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震災直後に発生した火災の痕を見下ろすように
建っている高台のアパート。
アパートの建っている日和山地区ではこの日、
3月27日には水道も復旧したそうだ。




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電気もガスも水道も復旧して
高台に住む人たちの生活は一見して
普通の生活を取り戻したかのように見える。




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けれども、家族や親戚や友人を失った人
仕事を失ってしまった人も多いのだ。




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これからこの被災地を見下ろして
暮らしていかなければならない方たちの
心労も計り知れないと思う。



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この更地に見える場所にもたくさんの家があった。




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石巻の寿司は本当に美味いらしい。
「らしい」と言うのには訳があって
私は石巻のいわゆる「お寿司やさん」でお寿司を食べたことがない。
恥ずかしながら,幼い頃の実家には寿司を食べる余裕はなく
成人して帰郷してからも回転寿し専門の実家だからだ。
このお店が復帰した時には必ず食べに来ようと思う。




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途中、雪が舞ってきた。
手袋をしていない手が寒さでかじかむ。
滞在中に、日中が10度を超える日は一度もなく
本当に寒かった。
寒い中、暖をとろうにも灯油は手に入らず
第一、ストーブが水に浸り使い物にならないのだ。

東北の寒さは、私の住まいのある首都圏とは
比べ物にならない程の寒さだ。
買い占めに走る首都圏の人たちに、この寒さを知ってほしいと思う。

ようやく、灯油やガソリンが被災地にも供給されるようになった。
本当に、よく耐えてくれたと思う。




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探し物をしている人たちを
ぽつりぽつり見かける。




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姉がつぶやいた。
「まさか、自分が生きているうちにこんな光景を
 目にするなんて思わなかった。」
誰しもが思っていることだろう。
「まさか」「なんで」「どうして」
でも、現実に起ったことなのだ。




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ファミリーマート。
見慣れた緑と白と青のラインがファミマであったことを知らせる。



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門脇小学校。
地震発生時、大勢の人が車でこの学校に避難して
車を校庭に止めた。
津波が発生して、この学校も危ないと分かって
避難してきた方たちは自分の足で走って高台に逃げた。
校庭に止めたたくさんの車が波に押され重なり
校舎にぶつかって爆発炎上した。
この学校からの火は大火災となり一晩中燃えた。




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今でも探す術もない、多くの人たちが
この場所に眠っていることと思う。
一刻でも早くご家族の元に帰れる日がくることを願って
両手を合わせ祈って、この場所を後にした。






姉の話から。

『石巻ファッション』という装いがあるそうです。

私が滞在していた震災から16日後まで

ほとんどの家庭では水道が止まったままでした。

髪が洗えないし、顔を洗う水も限られていて、お化粧ができません。

ましてや、お化粧をする余裕もありません。

だから女性は汚れた頭を隠すために帽子をかぶり

スッピンの顔を隠すためと泥のホコリを避けるためにマスクをします。

そしてジャンパー(←死語?)を着てゴム長靴を履きます。

スカート姿の女性は皆無。

オシャレや色気にかまっていられないのだそうです。

津波で押し寄せた泥が連日の雪のために乾かないので

市内のあちらこちらが泥だらけにぬかるんでいるので

特にゴム長靴は必需品だそうです。

ところが姉はゴム長靴を持っていなかったのです。

欲しくても手に入らなかったらしいので

言ってくれれば、調達して持っていったのにと残念に思いましたが

昨日からイオンが再開したので、長靴も手に入るだろうと思います。

もう品切れになっているとしたら

数日後に石巻に帰る際には

オシャレで可愛らしい今流行のレインシューズを

買って帰りたいと思っています。

長靴だけでもオシャレを楽しんでくれればいいなと思っています。





※追記
このブログにはコメント欄の設定がありません。
いつもはコメント拒否に設定する設定を受け付けるに設定して
投稿ボタンを押してしまったために、コメントを投稿していただきました。
ですが、元々、コメント欄を作っていないので、せっかくのコメントが表示できません。
とても嬉しいコメントでしたので投稿者様の許可がないまま、ここに掲載させていただきます。



名前:だぁる
タイトル:初めまして

********************
突然すみません 写真の中にまさに私が見たかった 実家のあった場所
が写っていたので がれきがあって 上に新しい家が2件 その下が実
家があった場所です。親は無事でしたが隣の方々はまだ行方不明だそ
うです。 自分の目で、そして子供達にも見せなければいけない現実
だと思っています。 門脇小も母校です 沢山の思いがあり 涙はでま
す でも前に進み、未来を作って行ける事を信じてます! 写真載せて
頂きありがとうございました。



だぁるさんへ☆お返事
私も実際に現地に入るまで、実家や実家付近の写真が見たくてたまり
ませんでした。なのでありとあらゆる石巻の情報をネットで探して
見てまわりました。私の写してきた写真が、
だぁるさんのお役にたてて本当によかったです。
一緒に頑張って前に進みましょう!
一人じゃないことを、未来を信じて進みましょう。
ご両親がご無事で本当に良かったです。
隣家の方々もどこかの避難所で生きていて
くれることを一緒に祈りたいと思います。
こちらこそ、コメントをどうもありがとうございました。

Hurana





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