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震災から1ヶ月後の石巻と、堪え切れない悲しみと。







故郷石巻の人口は平成23年2月末調べで162,822人

世帯数は60,928戸です。

今回の震災では全世帯数の75%が何らかの被害に遭ったと伝えられます。

単純にこの世帯数の75%を計算してみると45,696戸ですが

石巻圏内の被災戸数は全・半壊合わせて実に8万戸に上ると伝えられています。

実際には世帯に数えられていない、店舗や社屋、工場等の被害も甚大なので

伝えられている8万戸に近い数の家屋・建物が

被害に遭っている実数なのだと思います。

同様に今回の震災で亡くなられた方は石巻市全体で2,783名、

行方不明者は2,770名とされていますが

石巻市のHPには「行方不明者数については、実数が把握できるまでのあいだ

更新を停止しますのでご了承願います」と記載されています。

行方不明者というのは、警察に届けがあった不明者の数です。

届けがあるということは、行方不明者の身内の方が

ご無事でいらっしゃるということです。

一家全員が亡くなってしまわれたご家庭や、身寄りが無くて、

行方不明の届けを出してもらえない方々が、相当数居られると思います。

市の職員や警察の方々が必死で働いておられることと思いますが

職員の方々も被災者ですし、

被害の数が甚大過ぎて統計さえ取れないのが現実です。

行方不明者の数にさえ含まれることがなく

行方が分からなくなってしまった方々を想うと

悲しくて胸が張り裂けそうになります。

石巻は今回の震災での被害者数や被害戸数、被害面積が

被害に遭った全市町村の中で一番多いのだそうです。

毎日流れるテレビでの石巻の様子はほんの一部分。

まだまだたくさんの町が伝えられていません。

今回の帰郷で私は、渡波から万石浦と女川方面へ向おうと思ったのですが

実家の者に止められました。

本当に情けないけれど、私が写してきた写真はほんの一握りでしかないのです。






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昨日、掲載しきれなかった築山の町内。
一見,無事に見える家も中は惨憺たるものだけれど
片付けが始まって避難所から戻って来た方々の姿も。



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街並を写すことにすら、ためらいがあるので
必死で泥洗いをしている方たちにカメラを向けることが
どうしても出来ない。
この近辺では数軒のお宅で泥を洗い流している方々を見かけた。




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自衛隊のジープの後ろに見えるアパートの
裏手だったかと思う。
記憶があやふやなのだが、家と家の間の
瓦礫が積み重なっていた場所を自衛隊の方が数人で
手作業で瓦礫の除去作業をしていた。
なぜ、この場所だけ手作業で? と思った瞬間に
ハッっと気が付いた。
ご遺体の捜索。
捜索されている自衛隊の方と目が合った。
カメラなんて向けられるわけがない。
一礼して通り過ぎた。





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石巻のいたるところでお見かけする自衛隊の方は

大変礼儀正しくて頼もしく、こころ優しい方々です。

私のように、現地の人間ではない者に対しても

すれ違う時に笑顔で「ご苦労様です。」と声を掛けてくださいます。

その笑顔には、本当に慰められました。

今回の帰郷でご遺体の捜索の現場を目にしてしまいましたが

瓦礫を丁寧に手作業で運ばれていました。




自衛隊の方はどんなに変わり果てたご遺体にも

必ず手を合わせ黙祷してその死を悼んでくださるといいます。






私が見た、ご遺体の捜索の現場のすぐ近くのお宅では

避難所から戻られて、片付けや生活が始まっていました。

まだたくさんの方が行方不明になっておられる町で

暮らしていかなければいけない方々の心労や

瓦礫の下で眠っている方々のことを思うと

悲しみを堪えられなくなりました。

震災発生からこれまでは、

現地の方たちが明るく前向きに頑張っていらっしゃるのだからと

泣くことを我慢して、泣いてはいけないと自分に言い聞かせて

必死でブログの更新をしていました。

頑張っていらっしゃる方がこんなにいるのに情けない話なのですが

埼玉に帰宅後、私は何もかもが嫌になって大声を出して泣きました。

「一緒に頑張って!」と伝えなくてはいけないのか

「悲しい」と伝えてはいけないのだろうかと

苦しくて悲しくて泣いて泣いて38度の熱が出て2日間寝込んでしまいました。





今も泣きながらこの文章を書いています。

悲しいものは悲しいんです。

私の立場がどうであろうと、状況がどうであろうと

愛する故郷の町が変わり果ててしまったこと

故郷の人たちが辛い思いをしていること、

たくさんの方たちが亡くなったことが悲しいのです。



私と同じように、故郷が被害に遭われて、遠く離れた町から

故郷の状況を想って心を痛めている方たちも

我慢をしていないで、泣いていいのだと思います。

「過度の自粛は慎むように。」「明るく元気で前向きに。」

分かってます。理屈では。

悲しいのは理屈じゃないから、泣いて泣いて泣いて

そして、また一緒に頑張りましょう。




支離滅裂になってごめんなさい。





石巻災害ボランティアセンター







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