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優しさの中の残酷? それとも残酷の中の優しさ?






3月11日の震災からわずか3日後に

グーグルアースが、被災後の石巻の衛星写真をアップした。

実家の家族の消息がつかめず、生きた心地がしなかった私にとって

それは藁をもつかむ情報だった。

真っ先に写真の中から実家を探し、実家の屋根を見つけた時に

私は、少なくとも姉だけは生きていると確信した。

姉は5匹の犬を大層可愛がっているので

地震が起きたら、真っ先に仕事先から家に戻って

犬たちの安否を確認するはずだから

家が流されていない限りは、他の家族はともかく

姉だけは生きていてくれるだろうと思った。

震災後の変わり果てた石巻の街の残酷な衛星写真ではあったが

私には、姉が生きている確信を与えてくれた優しい配慮だった。






私は生来の無精者で大ざっぱな性格なので

メモをとる習慣がない。

写真を撮るときも、その性格は如何ともしがたく

メモはとらない。

後に写真を整理する時は、記憶だけが頼りなのだけれど

この震災の記録は、あやふやな記憶だけを頼りに

作ってはいけないと思っているので

グーグルアースと、写した写真を見比べて

場所の特定をしている。

グーグルの被災後の衛星写真だけでは、特定が心もとない時には

ストリートビューの写真も表示して見比べるのだけれど

ストリートビューの写真は震災前の写真であるから

これを見るのが本当に辛い。

津波に破壊され跡形もなく、地面だけになった場所に

たくさんの家が存在していた事実を、知らせる写真を見ると

胸がドキドキ苦しくなって

5分と見ていられずに、画面を閉じてしまう。

私の目には、震災後の衛星写真と

震災前のストリートビューの写真の見事な違いが

とても残酷なものに映るのだけれど

その場所に住んでいた人たちや、その場所を故郷に持つ人たちの目には

懐かしく優しい風景の、ストリートビューの写真は

とても優しいものに映るかと思う。




これだけの大災害では、被災に遭った者とそうでない者

家族や家を失った者と、そうでない者に、

どうしようもない隔たりができてしまう。

被災地に故郷を持つ者と、そうでない者にも隔たりがある。

極端に言ってしまえば、生きている者と死者のあいだにだってある。

どちらが悪い、どちらが良いということではなく

隔たりがあることが、現実だ。

お互いにとって、現実は受け入れがたいことなのかもしれないけれど

隔たりがあることを、そのものとして受け入れなければ

いけないのかもしれない。






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写真は『大原浜』。

大原浜のストリートビューも私には苦しくて、

浜の確認終了後にすぐに画面を閉じてしまったけれど

大原浜を故郷に持つ人にとっては

懐かしい在りし日の大原浜を目にできる

とても優しい写真なのだと思う。







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