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文句言ってもいいよ。だってこれが現実だもの。






週末に叔母の葬儀に参列した。

参列者は8人。

たった8人だけの寂しい葬儀だったけれど

とてもいいお別れができたと思う。

母の葬儀以来、3年振りに石巻の斎場に行った。

斎場への途中の運動公園に

目を見張るような自衛隊の支援基地があり

入居を待つ、仮設住宅群があった。

仮設住宅の建設現場は、自衛隊のベースキャンプのすぐ傍で、

とても心強いだろうと思う反面

市街地から遠く離れ、

周囲にスーパーなどの商業施設もない場所なので

車を持たない住民の方は、さそ不便だろうにと思うと

胸が痛い。




石巻の斎場は、予想はしていたものの満員状態だった。

仮埋葬から本葬される方も多いのだろう。

次から次へと棺が運ばれてくる。

叔母の火葬炉の隣には、奇麗な女性の遺影が飾られていた。

命日は3月11日、享年33歳。



姪の家は墓を持っていないので、葬儀の後に、叔母のお骨は

叔父(姪の父親)のお骨が納められている寺に納められた。

納骨堂には、たくさんの2011年3月11日が命日のお骨が並んでいた。

その中には6歳の男の子のお骨もあった。

6歳。

無念だっただろう。

何が起こったのか、分けもわからないまま

たまたまあの日にその場所にいたために、こんな理不尽なめに

遭わなければいけなかったなんて。




心の中で手を合わせ、私は寺を後にした。







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写真は牡鹿半島の先端にある町『鮎川』。

捕鯨で栄えた町だ。

私の幼い頃は『肉』と言えば『鯨肉』だった。

私や姉は、安価で美味しい鯨の肉で育ったと言っても過言ではない。

この町には父とよく来た。

朝も空けやらないうちに家を出て、暗い夜道を車で走って

明け方に岸壁から釣り糸を垂らす。

ボウズの時が多かったけれど、楽しかった。




商業地は壊滅状態だけれど

高台に住宅がたくさん残っていた。

仮設住宅も建つらしい。

だから、何年かかっても、この町だって必ず復活する。

そう、信じる。






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昨日、埼玉の自宅までの帰路、

石巻から仙台まではミヤコーバスに乗った。

石巻駅を出たバスは、すぐに渋滞に巻き込まれて

石巻の市街地を抜けるまで、小一時間かかった。

バスの最後列に座った私の隣には、若いカップル。

彼女の方は、震災後に初めてお目にかかるような

奇麗に着飾ってハイヒールを履いた、美人さんだ。


「ねえ、バスのほかに何か仙台まで行く方法はないの?

 車で、脇道を通るとかさあ。

 新幹線に乗るまで、ずっとバスなの?

 電車はないの?」

「うるさいな。ないんだよ。

 文句を言うなら、付いてこなきゃよかっただろう!」


彼氏は怒って眠ってしまい

きれいなお嬢さんは、ポーチを取り出して

お化粧を始めた。

「あらあら。」

50歳を過ぎたおばさん(私のこと)はこのやり取りを

ニヤニヤしながら聞かせていただいた。


お嬢さん、ごめんね。

これが被災地の現実なの。

唯一の電車は復旧の目処さえ立っていないの。

でもね、おばさんは嬉しかった。

どんな理由でもね

例えばあなたが、彼氏と片時も離れたくないという理由でも

あなたが石巻に来てくれた事実が

本当に嬉しかったの。

心からお礼を言うね。

「石巻に来てくれて、ありがとう。」












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