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「私がわがままだから」なんて、言わないでほしい。







今回の女川町での活動の初日の午前中は

ボランティアセンターからいただいた衣類の仕分けの仕事が

あっという間に終わってしまったので

残りの時間は『ハエ取り』を作って仮設住宅を配って回った。

このハエ取りは、ペットボトルにハエの入り口をカッターで開け

中に酢と砂糖と酒を入れてハエを引き寄せて

溺れ死させるという、なかなかのすぐれものだ。





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私は3人の若者と一緒に、5個のハエ取りボトルを持って

5軒のお宅に訪問し、ハエ取りを軒下に吊るさせていただいた。

「仮設の住み心地はどうですか?」

尋ねると、みなさんそれぞれに暮らしぶりを話してくださった。

畳ではないので、布団を敷いても背中が痛いことや

隣の音が響いてくること

仮設住宅の当たり外れがあること

人数に対しての部屋数の割当に不平等があることや

立地の違いや、普請の違い。

そして、やっと仮設住宅が当たったのに、生活費が工面できずに

避難所に戻られる方が多いことなど。






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最後に訪ねたお宅では、年配のご夫婦が二人で暮らしていらした。

「二人だから4畳半の部屋が一間なのよ。

 良かったら、上がって見ていって。」

ご婦人が、突然訪ねていった私たちに

「ごくろうさま」と労って、そう言ってくださる。

外からでも十分に見渡せる狭さなので

さすがにお部屋に上がらせていただくのは遠慮したが、本当に狭い。

聞けば、隣の石巻市では夫婦二人でも、二部屋の仮設が割当られるというのだ。

ひとしきり、仮設住宅の不満を口にした後に、このご婦人は

「こんなことを言うなんて、私がわがままだから。」と言う。

「ごめんなさいね。わがままだから。」と何度も言う。

「そんなことはないです。」

私は首をぶんぶん振って「わがままなんかじゃないです。」

そう言うことしかできなかった。

「仕事もないし、これから先のことを考えるとどうすればいいのかしら。」

小さな肩を落として、うっすらと涙を浮かべたご婦人の姿を思い出すと

私はこうしている今でも、涙がぽろぽろこぼれて仕方がない。

震えたか細い声を思い出すと、切なくて仕方がないのだ。



あのとき、思わずその小さな肩を抱きしめてしまいそうになった。

どうして抱きしめられなかったんだろうかと、それが本当に悔やまれ、

「わがままなんかじゃないですから、私がわがままだからなんて言わないで

 どんどんわがままを言ってください。」

そう言えなかったことが本当に本当に悔やまれる。






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女川町は町内のほとんどの地域が津波で壊滅してしまい

仮設住宅を建てる空き地がほとんどない。

だから必然的に公園内や、学校の校庭に仮設住宅が建てられる。

仮設住宅が建てられた学校の教室は避難所になっていて

子供たちは、バスであちらこちらの学校に分散して授業を受ける。

避難所がある間は、ボランティアによる炊き出しも頻繁にあるが

仮設住宅が必要個数に達したら、避難所は強制的に閉鎖されるそうだ。

だとしたら、仮設住宅の方たちの生活はどうなってしまうのだろう?

被災者の自立のために、避難所を閉鎖するらしいが

現地では仕事がないのだから、無茶苦茶なことだと思う。





本当に本当に大変だ。





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小学校の体育館の入り口には、このような貼り紙が貼ってあった。

子供たちが学ぶ学校でさえ、まだまだこの状況なのだ。





震災の事に興味や関心がなくなるのは、まだまだ早すぎるし

ボランティアが引き上げるのは、本当に早すぎる。

私に出来る事は、本当にささやかなことしかないけれど

ボランティアの数を絶やさないことが

被災地の方の希望に繋がるとするなら

私はその中のひとりになれる。




行くだけで、いいのだから。




だから私は、今後もできるだけ時間を作って訪れたいと思っている。








※初日の午前中は2班に分かれ行動しました。
 小さな避難所慰問班は、子供たちと思いっきり遊び
 それぞれに想いを抱えて、戻って来ました。






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