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それは、とてつもない恐怖だ。






今回のボランティア活動のスケジュールの中に

『女川町立病院から女川の街を見学』というものがあった。

私は当初、この見学には疑問があった。

私たちは見学や、ましてや観光に出向くのではない。

破壊され尽くした女川の街を興味本位で見学して

何か意味があるのだろうか?

時間の無駄ではないのだろうか?

そう思っていた。

代表者の言う

「女川の津波の高さがどれほどのものかを知って

 女川の人たちの気持ちになってください。」

それが分からないわけではないけれど、

津波の高さを知ったところで、平和な地域に暮らしている我々が

どれほど女川の人たちの気持ちに近づけるというのだろう?

それは、思い上がりであり、女川の人たちへの冒涜じゃないのかと

そう思いながらも、団体行動であるからして口を噤み

異を唱えずに、町立病院の駐車場で私はバスを降りた。





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小高い丘に建っている町立病院の駐車場に降り立って、思わず息を呑んだ。



丘は思いのほか高かった。



ビルの屋上が見下ろせるではないか。






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津波はこの小高い丘の上に立つ病院の

1階の天井部分まで到達した。






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そして天井を破り、病院の1階部分を破壊した。







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丁度、病院建物の赤いレンガと

ブルーのガラスの境い目まで到達したという。






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震災発生から100日以上経っているのに

この病院でも津波の爪跡はいたるところに残っていた。





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建物の内部は見学出来なかったが

外から伺い知る限りでは

まだまだ復旧には遠い様子だ。





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入院の患者さんの食事をお世話する

調理室の復旧もままならないので

震災発生以来、キッチンカーで調理して

食事の提供をしているとのことだった。





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あの日、町立病院の丘に上れば安全と

息せきって、この階段を駆け上った人はどのくらいいたのだろう。

必死で登っても、まだ津波は追いかけてくる。



それは、とてつもない恐怖だっただろう。



渦を巻いて襲いかかってくる黒い悪魔を目にした人々の恐怖

とても言葉では言い表せない恐ろしさだったかと思うと

その恐怖を想像することが出来ただけでも

この場所に立った意味があるのだと思った。








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私たちは、持参した七夕飾りの短冊に

避難所にいる皆さんに、思い思いの願いを書いていただいた。

その中に

「3月11日の恐怖は2度と味わいたくありません」

というものがあった。



胸が締め付けられる思いがした。



テレビやネットの動画でしか、

津波が押し寄せる瞬間を見ていない私たちの

想像し得る恐怖を遥かに越えて『悪魔』はやってきた。





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「女川の津波の高さがどれほどのものかを知って

 女川の人たちの気持ちになってください。」




この言葉は、ボランティアに向おうとする我々には

意味があるのだ。

まったく同じ気持ちにはなれなくても

女川の人たちの味わった恐怖を知ることで

少しでも女川の人たちの気持ちに近づくことができるのだから。





この丘の上では、私たちの誰もが無口になった。













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