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辛く悲しい作業






今回の団体の活動の主目的は

牡鹿半島の小さな避難所を訪問することだった。

その避難所は女川の市街地から、山道を車で40分程走った土地にあって

今まで、ボランティア団体の慰問が一度も入っていない。

もちろん炊き出しも、弁当の配給ですら一度も無い避難所だ。





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その小さな浜の小さな避難所に向う途中で

やはり小さな浜の集落をいくつか通った。





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人の手が入っていたし、バスの窓からも

作業している関係者の姿を見かけたけれど

被害が甚大すぎてどの浜も、あの日のままの手付かずのように見えた。





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まだまだ海には、瓦礫や建物が浮かんでいるから

港湾の復旧なんて、気の遠くなるほど先のことなのだろう。







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避難所に到着して、

笑顔をお届け派と肉体労働派の二手に分かれる。

私は、肉体労働派であるからして

浜の掃除に向った。





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浜の清掃をする前に注意を受けたことがあった。

漁師さんの網は私物なので、勝手に処分してはいけない、

その他、個人の持ち物と特定できるものも

勝手に処分してはいけないことなどだ。







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土嚢袋に入れられるのは

元の形が分からない瓦礫と化したものだけで

形が分かる物は袋に入れないで一か所に集める。






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私たちにできるのは、山中に散らばったモノを

拾い集めてくるだけだ。




ここでも驚く程に、山の上までモノが散らばっており

見上げた木の高い枝先にウキがぶら下がっていた。

10人程で数時間かけて拾い集めてまわったが

想像以上に汗がでるし、腰が痛い。





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浜から続く山中には、様々なモノが散らばっていた。

靴やバッグや洋服や食器など。

それらを目にするのは、まだいい。

本当に辛いのは、文字の書かれているものや写真などだ。

手にとって、持ち主の年齢や性別を想像する。

普通の生活があったことを思う。




水に濡れて開く事もままならない、

小さな子供の字でびっしり書かれた学習ノートが

土の中から出てきたときには、本当に悲しくて辛くて仕方がなかった。

持ち主は今、どうしているのだろう、無事でいてほしいと

手にとり、手を合わせて次の作業に進む。



記憶のかけらたちが、ここそこに無数に散乱しているのだ。




瓦礫撤去は単純な肉体労働なんかじゃない。

何も感じずに出来る作業ではなく、心が頑丈でなければ出来ない。

そんな自分の甘さを、あらためて感じた次第だった。




この日、一冊の母子手帳が見つかった。

ビニールのカバーに守られて、中は無事だった。

せめてこの手帳の持ち主が、母子ともにご無事でいてほしいと願う。

そして手帳が手元に届けられ,喜んでくださる日がくることを

心から祈らずにはいられない。

















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