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『涙の別れ』






牡鹿半島にある小さな避難所では

私たち瓦礫片付け班が、浜の掃除をしている間に

慰問班が夕食の準備に取りかかり

落語やマジックやリコーダーやギターと歌など

それぞれ特技を持っている参加者が

思い思いに持ち前の技を披露した。





0702RIMG0152.jpg

何も特技を持っていない者は

避難されている方々との話の輪に加わり

そしてある者は避難者の方の疲れた身体をマッサージで

揉みほぐさせていただいた。






0702RIMG0154.jpg

避難されておられる方がた26名と

私たち参加者の23名の総勢49名が

畳の部屋に直に皿を置いて

持参したキーマカレーと野菜のマリネと

デザートの果物を食べた。





私たちがこの避難所に滞在したのは

時計を見ていなかったので正確には分からないけれど

4時間と少しだったと思う。

浜の掃除をしていた私が、避難者の方と一緒に過ごしたのは

そのうちの1時間半程度だったと思う。




お二人の女性とお話をさせていただいた。




震災発生後3ヶ月間は、原発の体育館におられて

温かい食べ物をいっさい食べてこなかったことを話してくださった。

女川町の、この避難所におられる方は

隣接した土地に建設中の仮設住宅が完成したら

すぐに全員が引っ越し予定であるけれど

このお二人とそのご家族は山を挟んで反対側の

石巻市の浜の住民の方なので、女川町の仮設住宅には入れないこと、

石巻市の半島の浜の仮設住宅の建設がいつのことになるやら

まったく見通しが立っていないこと、

ご自宅の被害状況や別れて暮らす息子さんや娘さんのことなども

話してくださった。






0702RIMG0172.jpg

ここに避難されていらっしゃる方たちとほぼ同じ人数の

23名という大勢で押し掛けて行った私たち。

「ご迷惑ではないのかしら?」

そんな不安や疑問を他所に、

「私たちのために、こんなに大勢で来ていただいて本当にうれしい。」

「こうやって、人が来てくれたのは初めてだから。」

と、笑顔で言ってくださった。





別れの時、避難者の方たちは

バスの前で全員で記念撮影をしてから

バスに乗り込んだ私たちの、姿が見えなくなるまで

避難所の庭を回り込んで、バスを追いかけてまでして

ずっとずっと手を振ってくださっていた。




私もずっと手を振り続けた。




ボランティアなんて、所詮は

「誰かの役に立ちたい」という自己の欲望や

人間の本能に忠実になって、行動しているだけのシロモノだ。

誉めていただいたり、感謝を期待するものじゃない。

だから、ボランティア活動を通して『何か』を受け取っているのは

実は、される側の避難者の方たちよりも

する側の私たちの方なのかもしれない。




私自身、私の欲望に忠実に、自己満足的に行動しただけなのに

たった1時間半だけの避難者の方たちとの触れ合いでしかなかったのに

バスの中で、あふれる涙を堪えるのに必死だった。

温かいものを確かに私は受け取った。



本当に受け取ったのは、私の方だ。

だから、「ありがとう」を言うのも私の方だ。





あの日、午後から大勢で訪問した私たちを笑顔で迎え入れて下さって

ちぎれんばかりに手を振って、見送って下さってありがとうございます。

あの日のことは、決して忘れません。

牡鹿半島塚浜の小屋取集会所の皆さん

どうかお元気でいてください。

そして、一日でも早く平穏に暮らせる日がやってくることを

こころから願っています。








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