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泣かないで。






東松島市災害ボランティアセンターでの3日目の活動は

個人宅の広い庭に積もった泥の除去だ。






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この日「3班さん」と名前を呼ばれた

女性1名(私)と男性5名が

センターから泥除去用品を『ボランティア使用車』として

提供した、自分たちの車に積み込んで、

センターから手渡された地図を手に、依頼主宅へ移動した。






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依頼主は年配の女性。

牛を4頭飼育している農家を、ご主人が亡き後

ひとりで切り盛りしておられるらしい。

数年前に膝をこわしていらっしゃるので、ご親戚に応援を頼んでいても

遅々として畑や庭の泥が片付かないそうだ。

大津波の日から4ヶ月も経っているので

泥の上には雑草が生い茂り、私たちの作業は

草むしりなのか泥の撤去なのか、もはや分からない状態ではあったけれど

前日に引き続いて、35度の炎天下に作業をスタートした。






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途中、震度4の大きな揺れを感じたと思った途端

防災無線が大きく鳴り出した。

津波注意報と避難警報が発令された。

依頼主の女性が落ち着いた表情で

「このくらいの揺れなら大丈夫。」と言ってくださったが

センターから避難命令が出てしまったので

作業途中で一旦センターに戻り、午後の作業開始時間まで

センターで待機をした。





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昼過ぎに依頼主宅に戻り作業開始。

とにかく猛暑だったので、依頼主の女性は

凍ったタオルや冷たい飲み物をすすめて下さったり、

スイカを切ってくださったっり

お菓子を出してくださったりと、あれこれ気を使ってくださった。




休憩時間に女性が、ぽつりぽつりとあの時のことを話しだされた。

裏の山に登って逃げたこと。

海の方から黒い山のような波が襲ってきたこと。

水が引いてから数日間は、家の前を通る国道45号線を

仙台方面に向って歩いて帰る人の姿が絶えなかったこと。

その方たちに、「寄ってけらい(寄っていきなさい)」

と声を掛けて、茶菓子を提供したこと。

45号線を挟んで向こうの集落の知人が

たくさん亡くなられたことなど。







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「可哀想で、可哀想で。」

話しながら、涙をこぼされる。

「泣かないでください。」

そう言ってはいけないような気がして

言葉をぐっと飲み込んだ。





前日と同様に倒れそうになるのを堪えながら

この日の作業は終了。

泥と雑草を詰め込んだ土嚢袋は40個ほどになった。

帰り際に女性が、冷えたアクエリアスを冷蔵庫から取り出し

「持っていって」と言う。

「気を使わないでください。いただけないですから。」と

何度もリーダーが断っても、「持っていって」と言う。



アクエリアスをいただいて帰ることも

ボランティアとしての『優しさ』のひとつなのだろう。

6人全員が同じ想いになったのだと思う。

全員が、「ありがとうございます」と言って

冷えたペットボトルを受け取った。




申し訳ないほどに頭を何度も下げる女性に別れを告げ

この日、人員運搬用として提供した

ワーゲンのハンドルを握った。

夕立が来るのだろう。

眩しいほどに蒼い夏空に、まっ白な入道雲が

精一杯背伸びをするかのように浮かんでいた。


















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