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必要のないことを、わざわざしているという気がしないでもない。







必要のないことを

わざわざしているという気がしないでもないのだけれど

ボランティア活動の合間に

東松島市災害ボランティアセンターにほど近い

野蒜の町に行って来た。





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この町には、小学生の頃によく来た。

よく来た、というのは

旧国鉄職員だった亡き父が、私が小学生だった頃に

このJR(国鉄)野蒜駅で駅長をしていたから。

(あれ? 助役だったっけ。)





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父は駅舎の近くの職員宿舎を借りていて

昔は駅から徒歩10分程の海岸が海水浴場だったので

宿舎を利用しながら、泳ぎに来ていた。





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野蒜の駅舎。

数十年前に父が勤務していた頃は、木造の駅舎だった。

鉄筋の2階建てに生まれ変わっていたんだね。

大津波のために、建物は崩壊していたけれど

泥が奇麗に掃除されていた。



そう言えば姉が言っていた。

「仙石線の野蒜や東名辺りは、米軍が

 お友達作戦で、キレイにしてくれているんだって。」

この駅舎も米軍がキレイに片付けてくれたのだろうか。






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駅前には人の姿がちらりほらり。

私のように、被災地見学に来ている人ばかりだ。





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駅裏の住宅街は、あの日のままで

時間が止まって

手を入れた様子もまるでなくて

人の気配もまったく無かった。





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野蒜の町は建築制限がかけられてしまったのだろう。

ひとたび制限がかけられてしまえば

この町に、人は住めない。

住めなくなった町に手を入れるよりも先に

これからの生活の場を構築しなければならないから

被害に遭った街は、放り出され

あの日のままの姿で、この後何年も

きっと何年もこのままなのだろう。






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置き去りにされてしまう町が

東北の太平洋沿岸に

いったいいくつあるっていうの?




思えば思う程に

暗澹たる気持ちになってしまう。





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暗澹たる気持ちに襲われるのだったら

いっそ、見に来なければいいのにと

自分の行動の愚かさを嗤う。





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子供だった私と二人の姉と、若かった両親の記憶が蘇る。

たぶん私は、震災がなかったら

この町には来ていない。

だから、巻く波に揉まれて溺れかけたことや

長姉のビキニからぽろりと乳房がこぼれてしまったことや

冷えたスイカをわざわざ水道の蛇口の水に当てて

「バカだな、おまえ。それじゃあスイカが温まるじゃないか。」と

叔母が叔父に叱られたことや

甘いスイカの味や、母の握ったまんまるい大きなおにぎり

扇風機の風の柔らかさと風鈴の優しい音色を

思い出すこともなかった。




小学生だった私が過ごした、夏の野蒜の空も

すっかり歳をとってしまった私が

数十年振りで見上げた野蒜の空も

同じように青く透き通って、もの悲しく

太陽の光が夏草の緑に反射して、ぎらぎらと輝いて目に眩しかった。





遠くで蝉の鳴く音がした。












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