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福島県産の野菜を食べよう








福島県産の野菜を食べよう。





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そう決めてからは

近所のスーパーでの買い物の際に

野菜売り場の棚に『福島産』と表示ある野菜を選んで買う。



正直に書くと原発事故の起った後、少しの間

福島県産の野菜には手が出せなかった。

それごころか千葉県産も茨城県や栃木県や群馬県産、

地元埼玉県産さえも手を出す気になれなかった。





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気持ちが変わったのは、石巻や周辺の被災地の光景を

目にしてしまったから。

あの悲惨な光景が目に焼き付いて離れなかった。

「福島県はどうなのだろう?」

単純な疑問だった。

復興へ向う宮城や岩手に対して、福島県は原発事故のために

どうしても復興が遅れてしまう。

あの戦争の焼け野原のような風景が、このまま何十年も

そのままになってしまうことは、とても悲しいこと。

だから、原発関連の雑誌や書籍を時間の許す限り読んだ。

分かったのは、過去の度重なる核実験や

チェルノブイリの事故のために世界中のあちらこちらに

放射能が蒔き散らかされていて

それは人間の力では消す事が出来ないこと。

そして、それにさらに福島の事故が加わってしまったこと。

福島の放射能もすでに世界中のあちらこちらにバラまかれてしまったこと。

食品の検査は抜け穴ばかりだということ。

安全とされる有機野菜の方が、化学肥料で育った野菜より

放射能汚染が高い場合があるということ。

だから、目くじら立てて騒ぎ立てても、逃れる術がないこと。








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一番悲しかったのは

例えばチェルノブイリ事故の後、しばらくは

日本ではヨーロッパ産の食品の輸入制限がかかったり

不買運動が起ったりしたけれど

日本人が消費しなかった食品の行き先は

アフリカ諸国の電力の恩恵など何一つ受けていない

貧しい国だったということ。

私たち先進国の人々が拒否した食物は『極貧の第三世界』に押し付けられていて

さらに私たち先進国が世界全体の8割にも及ぶエネルギーを

彼らから奪い去った結果、

二秒に一人ずつの子どもの命が消えてしまうこと。

そして、先進国の中でも日本がダントツの電力消費国家であること。

原発が、危険な作業に携わる作業員や

(余談ですが、原子炉のフィルターの交換等、手作業だそうです。)

エネルギーの恩恵を何一つ受けない人々の

犠牲の上で成り立っている、とても不公平なものであること。




考えてみれば、日本の夜はとても明るい。

ヨーロッパに旅行して、街や地下鉄やデパートの暗さに驚いたことがある。

私たち大人は様々な場面で、十分に電力の恩恵を受けていて

そして放射能汚染という、逃れられない時代に生きている。

だからここはひとつ腹をくくって、責任を取らなければいけない。

私など、特に50歳を過ぎているのだから

少々の汚染など気にしないで、出回っているものは『安全』と信じ

福島県産や東北産の食品を選んで、食べなければいけないのではないか

そういう想いに至った。

私たちが遊び、食べ、歌い、喜び楽しむための電力を生み出すために、

福島県は原発を押し付けられたのだもの

ヒステリックにならないで、大人だもの、食べたらいい。





最近起った悲しかった出来事。

京都の大文字焼きの送り火に『被災の松』の使用が中止に追い込まれたこと。

陸前高田の津波に襲われた松の短冊に書いた

被災した人々の願いを、昇華して上げられなかったこと。

すでに逃れられない放射能が、世界中に蒔き散らかされているっていうのに

松の短冊の微量な放射能を燃やしたところで、環境への影響などないことなど

ちゃんと理解して優しさを忘れないで欲しいと思った。

でも、これはほんの一部の京都の人が反対したことに

主催者が過敏に反応しただけってことなのだろうけれど。





私は、ただの普通の50歳を過ぎたおばさんで

なんのイデオロギーも持つ者じゃないけれど

自分だけが得をすることが、恥ずかしいことと感じる性格なので

9月11日の『脱原発』の集会に、参加をしようと思っている。






※写真はイメージです。フリー画像素材『EyesPic』からお借りしました。








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