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石巻からの招待状






一昨日の9月11日には

私の出身中学校の4回目の同窓会が

石巻で開かれていた。

30歳、40歳、50歳になった節目の年に開かれていて

次の開催は60歳になる年のはずだった。

私の出身中学校の通学区域は浸水区域に有り

日和山に実家のある者を除いて、

ほとんどの者の実家が津波被害に遭ったのではなかろうか。

幹事会のメンバーの現住所を見る限りでは

現在住んでいる家までもが全壊してしまった者が多いのではと思われた。

2ヶ月ほど前に届いた同窓会の招待状には

震災から半年後の9月11日に集まって

今後の石巻の復興・発展にどのように協力できるか

語り合いましょうとの主旨が書かれていた。




私の石巻への想いはとても複雑で

同窓会へは過去3度とも出席してきたのだけれど

今回は迷わず欠席に丸を付けて

往復はがきを切り取ってポストに入れた。

行けない。

行きたくない。

なぜそう思ったのか、あまりに複雑すぎて

書き残すこともはばかられてしまうほどだけれど

だぶんこれからもこの複雑な感情は消えることはなくて

たぶんこれからは同窓会の出席は、私には無いと思う。



 


20110913RIMG1003.jpg

同窓会への欠席を決めた9月11日。

私は地元埼玉の反原発アクションに参加をするために

大宮にいた。

3ヶ月前に参加したときに見かけた記憶のある顔ばかりだった。

人数は減ってしまったように思う。

活動家などではない普通の人たち。

3月11日までは、このような集会に参加をするなんて

夢にも思っていなかった、ごくごく普通の人たち。

たまたま持ち合わせていた、人を想うという『感性』が

ここに集うということを、命じたのだと思う。

優しさとか哀しみとか怒りを素直に表せる感性だ。





叱られることを覚悟で書けば

震災や原発事故に興味や関心があっても

何も行動に表さなければ、それは無関心と同じ。

その無関心さが、このような社会を生み出してしまった。

だから少なくとも、今の日本の50歳以上の人間は

被害者であり加害者でもあるのだと思う。



無関心だった私。

反対してこなかった私。



これからの生き方を模索中だけれど

前を向いて歩いて行きたい。

一昨日にはNHKが石巻の日和山の高台をキーステーションとして

一日中震災の番組を放送してくれたおかげで

石巻の当日の風景を家に居ながら見ることが出来た。

アナウンサーの後ろに見える建物群の中に

同級生の実家がたくさんある。

その中には遊びに訪れたことのある家もあって、

それはとてつもないノスタルジックな感情を

私に引き起こしてくれたけれど、もう振り返りたくはない。

これからは、前を見つめて生きていたいのだ。






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