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憤りを感じるのは私だけ?







南三陸町は志津川町と歌津町という2つの町が

平成17年10月に合併されて誕生した。





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3月11日の震災後、報道で盛んに流れるのは旧志津川町ばかりで

旧歌津町の情報には、あまりお目にかかれない。

たまにちらりと話題にはなるけれど

特集を組まれることはないのじゃないかと思う。

今回の鮎川ボランティアツアーでは、

その歌津町の市街地をバスが走り抜けた。





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歌津の町の沿岸部を走る歌津バイパス(国道45号線)。

高架道路のほとんどが破壊されていた。






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鉄筋コンクリートの頑丈な建造物が

破壊されてしまった光景に目を奪われる。







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この町の被害も本当に深刻で

平地部分の何もかもが破壊されて

鉄骨が剥き出しの建物を見るとやり切れない。






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幸いなことにJR気仙沼線の駅舎は、高台にあるので残っていた。

とはいえ低地を走っていた線路のほとんどが津波によって破壊・寸断されて

復旧がいつのことになるやら分からない状況だ。






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歌津町は私が見た限りでは

隣の志津川町よりも、高台の住宅が多いように見えた。





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志津川町では住宅のほとんどが平野部に建てられていたために

残っている家がほとんどない状態だけれど

歌津町では高台に多くの家が残っていたために、報道されないのかしら?

それとも絵になる物語がないから? と

勘ぐってしまう。





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バスが歌津町に止まる予定がなかったので

運転手さんに無理を言って、バスをゆっくり走らせてもらった。

せめて車中から写真を撮って、歌津という町があることを

少しでも知ってもらえたらと。

それも、私が出来ることのひとつだから。





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歌津地区でも百数十名の死者・行方不明者がいて

家や職場を失った人が大勢いるのに

報道の不公平さって何故なんだろう?

「仕方がない。」

そう思うしかないのかなあ。

町でも人間でも、皆同じに辛く苦しかったはずなのに。

同じところばかりにスポットを浴びせないで

一つでも多くの集落の、一人でも多くの人の

話を聞かなければいけないのじゃないのかなあと

憤りを感じるのは私だけかしら? と

今朝も自分自身に問いかける。












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