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違いはあまりにも濃く







10月21日~23日の鮎川へのボランティアツアー。

22日と23日早朝の作業を終えて

向った視察先は前回と同じ女川と雄勝と大川小学校

そして南三陸町志津川だ。





20111104RIMG0052.jpg

相変わらず公民館の屋上にバスが乗ったままの雄勝へは

個人で来たのも含めて5回目になる。

雄勝の町は、瓦礫の山こそどんどん成長を続けて

大きくなっていたけれど

あまり変化が見られない。

人が戻ってきている気配がまったく感じられなかった。






20111104RIMG0053.jpg

今回の視察で驚いたのは

立ち木の色。






20111104RIMG0054.jpg

塩水に浸かった杉の木が枯れてしまって

山にはっきりとしたラインが出来ていた。






20111104RIMG0055.jpg

下の建物は雄勝小学校。

この小学校に通っていた子供たちは

現在、間借りしている河北中学校に通学していると聞く。

本当に大変なことで、人も山も町も

もとの姿に戻るのには何年もかかるのだろうなと

再度実感する。





私たち『瓦礫隊』ボランティアのニーズもそろそろ無くなりつつあり

チーム東松山のツアーバスもそろそろ派遣が終わる。

これからは支援の形が変わってくるのだろう。

一番必用なのは就業・生活支援だと思うけれど

市民ボランティアでは、何とも支援の方法がないもので

本当に難しい。

私も今月の鮎川ツアーが、瓦礫撤去の

最後のお手伝いになるかもしれないと薄々は思っていて

今後、どのような形でお手伝いを続けていこうか

模索する日々が始まるなあと、感じている。







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