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野蒜・涙のお別れ





3月23日〜25日の東松島市小野地区復興祭応援

ボランティアツアーの最終日の25日は

同市野蒜地区の住民のみなさんとの交流会。

震災被害にあったJR仙石線の野蒜駅舎の2階で行なわれた。

野蒜地区は高台移転が決まっているのだけれど

移転計画は一向に進まなくて

元の場所に住み続けることを決めた方たちが

瓦礫撤去が終わって震災以前の面影がまったく無くなった町に

住まわれている。

もちろん周囲にお店など無く、線路も無いままだ。

その残ったわずか12戸のお宅の方たちと

語り合い楽しいひと時を過ごそうとの主旨での交流会だ。





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会場に着いて驚いた。

ボランティアの作業ではなく、遊びに行っただけの私たちに

素晴らしいごちそうが待っていた。



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おにぎりや、いなり寿司




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お漬け物、きんぴらごぼう、

笹かまに、イチゴ




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海苔のお味噌汁




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採れたてのワカメのしゃぶしゃぶなど

心のこもった、ごちそうで

私たち一行27名を、温かく迎えて下さった。




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野蒜に残された12戸のお宅の方々は

震災前には、挨拶程度のお付き合いしかなかったそう。

震災後、灯りが消え、周囲に何もなくなってしまった町で

現在は、お互いに助け合って日々を送っていらっしゃる。

毎日が戦いだ。

本当にご苦労が多いことと思う。

だのに、被災地から遠く離れた場所で、安穏と暮らしている私たちに

明るい笑顔でボランティアの労をねぎらって下さった。



逆だよ。

本当は私たちが、接待をする側なのに。



そう思えて、だから、胸がきゅーんと締め付けられた。




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この交流会の一番のごちそうは、たくさんの採れたての牡蠣。

私たちに振る舞うために、一番美味しい時の牡蠣を

海の中に吊るして生きたまま保存してくださったという。

焼き牡蠣にして、いただいた。

牡蠣を初めて食べたという高校生の参加者たちも

もちろん、私たちおじさん、おばさんたちも

皆でわいわい喜んで食べた。





これまでの人生で最高の

温かくて美味しい食事だった。




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本当はここに、このごちそうを用意してくださった

素敵な方々の温かな、そして

こぼれんばかりの笑顔の写真を掲載したかったのだけど

12戸という数少ない残された家の方々に

ご迷惑が及ぶかもしれないのであきらめた。



私のパソコンのモニター画面には

あの日の笑顔が映し出されている。

本当に素敵な笑顔だ。

私と同じ高校を卒業したという女性が

「今度は家に遊びに来て」と言って下さった。

「必ず遊びに行きます」と言ってお別れをした。

「元気でね。頑張ってね!」そう言って、私をぎゅうっと抱きしめてくれた。

温かかった。



逆だよ。



逆だと、また思って胸が熱くなった。

励まさなくちゃいけないのは私の方なのに

励まされてどうする。

だけど言葉にならなくて、その代わりに涙がこぼれた。

真っ赤な目をして泣く私を、女性は笑顔でまた抱きしめてくれた。




私たちを乗せたバスが見えなくなるまで

手を振って見送ってくれた野蒜の方々の温かさ優しさを

私は決して忘れない。

そして必ず、いつか必ずまた、会いに行く。






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