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悲しいかな想像力が足りないんだー高田松原・希望の一本松ー








8月19日

大船渡を朝6時半に発ち陸前高田へ向かう。

最近の陸前高田の映像は

動く七夕祭りを報道するニュース映像で見た。

だから、私の頭の中にある陸前高田の様子は

被災地の一地区を練り歩く、七夕の山車の映像だ。





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国道45号線を南下して高田の街並が見えて来て

今更ながらに、やはり驚く。




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これはひどい。

私の想像やニュースの映像など、遥かに超えて

甚大な被害を受けた光景が目の前に広がっている。




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テレビで何度もお目にかかる

故郷石巻の日和山から見た映像は、確かに大変な被害だけれど

あれは、石巻の一部分。

こんなことを書いたら石巻の人に叱られると思うが

石巻では被害を受けなかった元気な地域がたくさんある。

仙台もしかり。

大船渡もそうだった。

だけど、ここ陸前高田は、被害を受けた範囲が広いんだ。

広大な面積が荒野になって広がって

私の立っている場所からは元気な地域が見えない。

動いているのは、国道45号線を走る車だけ。

とてつもない広さに、人の姿は無い。

どうしてこんなことにと

愕然としてしばらくは立ちすくんだまま動けなかった。





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景勝地『高田松原』の玄関口

希望の1本松が建物の後ろに見えたので

その方向に向かって歩いてみる。




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希望の一本松




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枯れてきたと聞いていたけれど

良かった

まだ立ってる。

お腹に腹巻きをした姿は痛々しい限りだけど

見渡す限り松の木など、何もない海岸に

この松だけ残っているなんて奇跡としか言いようがない。

(正確には枝の折れた裸の松があと1本残っている)




20120829RIMG0128.jpg

こんな太い松の木がすべて倒されてしまったのだ。

この松

京都の大文字焼きで使ってもらえたら

どんなに供養になったことかと悲しくなる。

東北に足を運ぼうともしないで

放射能がうんたらくんたら文句ばかり言っている人たちに

投げつけてやりたくなる。




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たった一本だけ残った松の隣にある建物はユースホステル。

たくさんの人たちが、ここで旅の疲れを癒したことだろう。





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写真のこの場所は沼地であったと思われ

目を閉じて高田松原の震災前の姿を想像してみる。

悲しいかな想像力が足りない。

松の木の赤茶色の肌、深い緑色の尖った葉

沼に集う虫や魚や鳥たち、生い茂る葦

生きていたものたちを思い描こうとしても頭の中に浮かんでこない。



帰宅後

グーグルアースで震災前の高田の姿を見てみた。

たくさんの家々や駅前や松原近くの大きな建物

こんもりとした松原。

本当に奇麗な街だった。

ストリートビューで、よりリアルな高田を見てみたいと思うも

悲しいかな、ストリートビューには震災後の高田の姿しかなかった。





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震災前の陸前高田市。

グーグルアースの写真が借りられなかったので

『日本の森・滝・渚 全国協議会』のHPからお借りした。




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これは震災前の高田松原

某新聞のニュースページから拝借。

見つかったら叱られるかな? クレームが入ったら削除します。



想像力が足りない、情けない私は

ネットの画像の力を借りて震災前の高田市と松原を想う。





20120829RIMG0121.jpg

奇麗だった。

本当に奇麗な土地だった。

震災前に訪れることが出来ていたら

そう思っても遅いのだけど

願わくは、この希望の一本松が枯れずに残って

子孫を残して、高田の海岸に松原を再生してほしい。

たぶん

観光客もボランティアも工事関係者も、私のように好奇心で来た人間も

もちろん地元の人全てがそう願っていることと思う。

ここに来れば、それが分かるよ。







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