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私が生きている間には





お祭りの翌日、8月20日

後片付け終了後、3台の車に分乗して

帰路埼玉へ



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途中、運転手を除いた十数名は

松島から塩釜港まで松島湾遊覧船に乗船。

これは「海から被災地の様子を見てみよう!」

という名目の視察なのだけど

実際は、何度も宮城に足を運んでいるのに

乗船したことがないメンバーのリクエストに応えての

お楽しみ。

私はドライバーで、しかも何度か乗船経験があるので

塩釜港に向かい、到着を待った。

塩釜港の修復もまだまだだけれど

この日は月曜日であるのに、観光客の姿がちらほら見られた。





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ウミネコたちも元気。

メンバー到着後、復興市場でお土産品を買い

初参加の学生の「被災箇所が見たい」というリクエストに応え

荒浜と名取市閖上地区に向った。




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閖上の『日和山』と呼ばれる

大正時代に漁師たちが海の様子を見るために築いた

見晴らし山に登り街を見下ろす。





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見渡す限り更地になり、

整地されている場所も所々あった。

どうやら私がテレビで見て荒浜だと思っていた場所が

ここ閖上だったのかもしれない。




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閖上は居住禁止地区にするでは無く

この場所で土地をかさ上げ整備して復興する計画らしい。

この計画案通りにかさ上げをしなければ

住宅が建てられないのだね。

たとえそれが自分の土地であっても。



昨年の津波で倒壊を免れ

撤去する決心のつかないままの家々が、ここ閖上でも

数多く残っている。

持ち主の想いが山ほどあるのだと思うと、やはり切ない。





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土地のかさ上げのモデルがあった。





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宅地のかさ上げ箇所を示す地図




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それから断面図




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どうやら

堤防は7.2m、道路は6m、宅地は5mの

高さにする計画らしい。




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実際にモデルの築山に登ってみる。




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下から見上げても、上から見下ろしても

山と言っても大げさではない高さだ。

これほど広い範囲を、全てこの高さにするには

いったいどれほどの土が必要なのだろう?

その土は、どこから運んでくるのだろう?

「私が生きている間には、間に合うかな」と呟いたら

隣から声を掛けられた。




「間に合いますよ。そしたらまた、見に来ましょう!」







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