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目を背けないで! あなたに知ってもらいたいことがある。






ここに1冊の本がある。



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制作者は『三陸こざかなネット』代表者の中山奈保子さん。

私の故郷、宮城県石巻市で

ご主人と2人の幼いお子さんと暮らす

女性だ。




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この本は彼女が、彼女の小さな子供たちや

東日本大震災発生当時に、

震災のことを記憶に留められないほど幼い他の子供たちのために

震災のことを伝えたいという想いから彼女が作った本だ。

だから、子供たちが興味を持ちやすいように

漫画と、読みやすい比較的大きな文字の文章から成っている。





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私はお祝いの意味を込めて

そして、普段お世話になっているボランティア団体

『チーム東松山』の方たちに読んでいただきたくて、10冊を購入した。




私が石巻の中山奈保子さんと出会ったのは

昨年(2011年)の4月6日

私が、震災の被害に遭った石巻の写真や文章に

私の行き場の無い気持ちをぶつけて綴っていたブログを読んで

彼女がメールを送ってくれたのが始まりだった。

彼女は震災発生当時、私の実家から国道398号線を挟んで徒歩10分ほどの

海寄りの地域の自宅で津波に遭った。

私の実家は海岸から3キロ程離れていたので1.5メートルの浸水被害で済んだが

彼女の家は2階の床ギリギリの高さまで被害に遭い

仕事で留守のご主人の代わりに、彼女が幼い二人の子供と

ご主人の母親=お義母さんの命を守った。

水が引くのを待って、命からがら自宅2階から脱出した。

その後、避難所を点々としご主人と再会を果たし義父の死を知って

震災の記録を留めたいとの想いから

持っていた携帯でブログを開設したのが、震災から6日後の3月17日。







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私は、彼女からのメールを受け取ってすぐ

彼女のブログに飛んで行き、開設して間もないブログの隅々まで読んだ。

その時分彼女は、ご主人は避難所暮らしで、

子供たちと彼女は親戚宅での別々の暮らし

そして、自宅や自宅周辺の被害の様子をブログに綴っていた。

私は読んで胸が熱くなり、彼女の住んでいた地域の被害を知りたいと思い

その地域を歩いて訪れたのが4月11日。

震災から1ヶ月後のことだった。

上の写真は、その時に撮ったものであるが

被害の甚大さに、呆然として足が竦んでしまったのを覚えている。

よくぞこの中を、子供たちとお義母さんの命を守り生きていてくれたと、

彼女の生命力に、ありがとうと感謝をした。




その後彼女は、きちんとした形で

震災の記録を残したい、伝えたいとの想いから

『三陸こざかなネット』のホームページを開設したのが

震災から5ヶ月後の8月11日。



メディアに取り上げられない小さな出来事、想い

そしてありのままの営み・暮らしを記録して残したい

そうした想いを

読者からの震災にまつわる手記、メッセージ、絵の投稿や

人形作り、こざかなサポーターズの募集、

活動資金の寄付などの呼びかけを通して

コツコツと活動を続けていた。



そして、

学生時代の同級生の手助けを得ていたものの

一人の母親であり、ましてや仮設住宅住まいの彼女に

どこまで出来るのか、正直なところ

ハラハラしながら活動を見守っていくしか出来ない私だった。






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その彼女から先月の半ば、久しぶりにメールが届いた。

開けば、なんと!

自宅の再建が無事完了して、仮設住宅から自宅へ戻ったとのこと。

そして嬉しいことに記録集の第1弾が発行できる運びになったとのこと。


ついにやった!

本当に作ったんだ。

凄い! 凄い! 凄い!


本当に心からそう思い、PCモニターに向かって大きな声で

「おめでとう!」と叫んだ。





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私は、本を作る仕事に従事しているので

1冊の本を作ることがどんなに大変なことか知っているつもりだ。

彼の震災で甚大な被害に遭い、悲しみ辛さに遭い

必死で生きてきた一人の女性が

伝えたい、残したい、忘れたくない

その一心で、とうとう1冊の本を完成させた。

震災のことなんて、思い出したくもないと無関心を装う人や

あのような怖い風景など見たくもないと、目を背ける人も多い中で

自ら受けた体験に、目を背けること無く

まっすぐに想いを貫いたことは、なによりも尊いことだと

私は思う。

普段から、何かを形にして残したいとの想いを抱いている私だけれど

形にすることは、とても難しくて

想いばかりが空回りしてしまい、形になんてとても出来ない。

何不自由なく暮らす毎日でさえ、何も出来ないでいるのに

こうして、様々な困難を乗り越えて形に出来た彼女に

心から感謝とエールを贈りたいと思う。





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先月、夏祭りのお手伝いかたがた三陸を旅した時に

住所も電話番号も知らない彼女の家を

写真を頼りにして、訪れてきた。

アポ無し突撃、しかも手ぶらで訪問した私を、

彼女は驚きながらも大歓迎で迎え入れてくれ

再建した家の中を快く見せてくれた。

家の中では、2人の子供たちが明るい表情で元気に遊んでいた。


写真は先月のその時に、彼女の家の地域を写したもの。

(家が特定されかねないので、彼女の自宅は写っていない)

全壊してしまった家が多く、多くの家が撤去されてしまって

空き地に夏草が生い茂り、すっかり風通し見通しが良くなってしまって

寂しい限りだけれど

ちらほら、工事中の家や再建して新築同然となった家も見受けられた。

建築制限の掛けられてしまった地域であっても

やはり慣れ親しんだ土地や街に戻りたいと戻って来る人々がいる限り

必ず街は再生を遂げると思う。

未曾有の大災害に負けないで、必死で生きている人たちがいる限り

必ず街は蘇ると信じたい。



初めて実際に会った、素敵な女性

中山奈保子さんは私にこう言ってくれた。

「自宅を再建したいと思えたのは

 ボランティアさんたちに、めちゃくちゃになった1階を

 きれいに片付けてもらったから。

 そのことが、勇気に繋がったから。」



うんうん

一人じゃないね。

みんなどこかで繋がっているね。



私はこれまで、震災のことをブログに綴って

ボランティアの活動内容も綴ってきて

だけれどそれは、私の見て来た物事や私の心情であって

被災地に行く行かないは、個人の自由であって

決して押し付けになってはいけないと思っていたので

「被災地に行くべきだ」とか「ボランティアに参加してください」とか

押し付けがましい言葉は一切書くまいと決めていたけれど

こうして、実際に「ボランティアさんから勇気をもらった」との言葉や

再建した家や元気な子供たちの姿を見ると、

被災地へ足を運ぶことが、やはり無くてはならない大切なことだと思えるので

押しつけでも書いていいのかな? 呼びかけてもいいのかな?と思う。



だから

これを読んで下さった、数少ない人の中の一人のあなた。

今からでも決して遅くはないのです。

観光でも物見遊山でも好奇心でもお買い物でも何でもいいから

もちろんボランティアに参加なら、なおいいから

被災地へ足を運んでください。

まだまだ人々の暮らしは大変です。

目を背けたくなるような爪痕もたくさん残っています。

でも、現実に同じ日本で起きたことなのです。

まだ被災地へ1度も足を運んだことのないあなた。

どこか、紅葉でも見て温泉にでも行こうかしら、なんて

レジャーの計画を立てているのなら

行き先は被災地東北へぜひどうぞ。



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ブログ『被災地より、子供達の未来の為に。』はこちらから。

震災記録集『ねぇねぇしってたぁ?』は9月15日発売開始

1冊定価¥300−(送料別)

ちなみに差し上げようと思って購入した10冊は

チーム東松山の面々が、買ってくれました!

第1弾は中山さんの体験を元にした、愛情が溢れた1冊です。










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