PREV | PAGE-SELECT | NEXT

≫ EDIT

土曜日は旅の記憶 Vol.28『恨みの台湾』





今の生活がいつまで続けられるかという不安はあるが

とりたてて生活に不満は、ない。



20140102P5270221.jpg

「充実しているか、していないか?」と問われれば

きっと「充実している」と答えるのだろう。

そんな平穏な日々の暮らしのなかで、

どうしてなのか毎日襲われてしまう、やっかいな感情がある。




20140102IMG_2975.jpg

それは

「やるべきことを今日もやっていない」という

焦りとも後悔とも自虐とも、なんとも説明の付かない感情だ。




20140102IMG_3026.jpg

私は、この「やるべきことをやっていない」という気分に

ほぼ毎日のように侵される。

「支配されている」と言っても言い過ぎではないだろう。




20140102IMG_3038.jpg

実際に「やるべきことをやっていない」ことは決してないはずだ。

仕事犬の散歩掃除洗濯炊事、はたまた不要品の整理整頓

ほぼ毎日、やるべきことはきちんとやっている。

1日の短いサイクルではなく、1年という単位に広げてみたとしても

文章教室に通い、ボランティア活動に精をだしているし

生涯という視線でみても

結婚出産離婚(離婚は余計か?)子育て、家を持ち車を持ち

まあ、一般的な(何をして一般的?)

日本人のやる(義務ではないので「やるべき」ではなく「やる」です)

大抵のことは、すでに経験している。




20140102IMG_3052.jpg

じゃあなにをして「やるべきことをやっていない」と感じるのか。

それが、分からないから困っている。




20140102P5270197.jpg

人として、この世に生を受け

人として死んでいく。

私の人生の終わりはそんなに遠い未来じゃない。

子供の頃のように「死」が、我が身とは無縁であるという感覚は

とおの昔に失っている。




20140102P5260134.jpg

その、終わりが来る前に

「やらなければならない」ことが絶対にあるはずなのだ。




20140102P5260111.jpg

このまま漫然と人生を終わらせてなるものか。

やるべきことをやらずに死んでなるものか、とそう思うのに

いったい何をしたらいいのかが、分からない。

私はこれから何をやったら満足するのか、充足感を得られるのか

それが分からない。





20140102P5260157.jpg

とどのつまり

たとえスケジュールをびっしり埋めたとしても

「やるべきことをやった」という感覚が得られない。




20140102P5260161.jpg

ダラダラとした休日を過ごせば尚更

「やるべきことを今日もやらなかった」と自分を責めることになるのだ。




20140102P5260146.jpg

本当に面倒な性格だなあ、と思う。





20140102P5260080.jpg

そして

「やるべきことを今日もやっていない」という

感情を支配するものから解き放たれるのが

旅をしているときなのだ。




20140102P5260085.jpg

旅の間だけ、この「負」の感情から解放され

自由になる。

極端な話し

「ここで死んでしまっても悔いはない」とすら思ってしまう。

実際に死に直面したら、ジタバタするだろうけれど。




20140102P5260104.jpg

現実逃避なのだと思う。

限られた人生への焦りから、逃げているのだ。

私は、きっと。




20140102P5260105.jpg

そして、現実に戻り

旅行中の数日間を「やるべきことをやらないでしまった」と

自分を責めてしまうのだから重症だ。




20140102P5260140.jpg

やるべきことから逃げないで、しっかり生きているならば

きっと「旅」に逃げずに

普段の生活を愛おしいと思えるのじゃあないか

だから、今年こそそれが何なのか見極めたいと思うのだけれど

難しい。

死ぬまでずっとこの気分を抱えたままなのかと思うと、泣ける。



ああ、何て後ろ向きな新年。




20140102P5260136.jpg

さて、2013年5月の台湾旅行のハイライトは

上から7枚〜20枚目までの13枚の写真に映し出された

日本の昭和の時代が蘇ったような

ノスタルジックな街『九份』




20140102P5260153.jpg

台湾旅行が決まったときから、この街へは必ず行こうと決めていた。

九份に行ったら、この写真のこの場所で食事をし

この場所の夜景を楽しもうと

それだけを楽しみに台湾へ行った。




20140102P5260090.jpg

けれど、『食事と夜景』の提案を友人にあっさり却下されてしまった。

彼女は台北市内のオシャレなレストランでの食事を望み

夜景を観る時間に台湾マッサージを体験したいと望んだ。

私の希望を通せば、彼女の想いに悔いを残すことになるし

彼女の希望を受け入れれば、私に悔いが残る。

そこで、自由行動を提案したのだけれどそれも却下されてしまった。




20140102P5260099.jpg

自分の希望を通せない私の性格の問題だと思う。

彼女に罪はないのだ。



後日

日テレの番組『世界の果てまでイッテQ』で

リポーターのイモトアヤコが、この場所に立ち夜景を眺め

「プライベートでもう一度来たい」と

九份の夜景を絶賛していたのを観て、腹が立った。

何に腹を立てているかというと、自分の優柔不断さにだ。

そんなに観たかった夜景であるなら

友人が泣こうがわめこうが、自分の意志を通せば良かったではないか。

なんと文句を言われても頑として聞き入れなければいいではないか。

それをしないで、友人の希望に従った私に文句を言う資格はないのだから。

半年以上も前の旅行に、いまだに未練を残して

グダグダ言っている私に「やるべきことをやる」日々が訪れるのか

甚だ心もとない年明けである。








ブログランキング・にほんブログ村へ



スポンサーサイト

| Memory of travel | 15:15 | TOP↑

PREV | PAGE-SELECT | NEXT