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土曜日は旅の記憶 Vol.11『感動を太陽の国スペインで』



すぐ上の姉とは大人になってから
スペイン、バリ島、2度のモルジブ、
ベルギー、オランダを一緒に旅した。

そのどれもが一緒に旅したと言い表すよりは
私が連れ回していると表したほうがふさわしい旅ではあったが
どれもが鮮明に記憶に残っている旅だ。

姉にとって初めての海外の旅であり
私にとって初めてのヨーロッパの旅は1997年7月の
真夏の暑いスペインだった。





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海外が初めての姉と
ヨーロッパが初めての私の自由旅行なので
あたりまえのことだけれど、地下鉄や列車やバスの乗り降りに右往左往し、
言葉もわからないレストランの注文にかなり苦労をした。

へとへとになりながら、わずか6泊8日の日程で
40度を超える気温のスペイン国内6都市を回ったので
かなりハードな旅だったと思うが
姉は黙って付いてきてくれた。





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日本から首都マドリードに着いた翌日早朝に
地下鉄とバスを乗り継いでマドリードの南71kmの距離にある
世界遺産に登録されている古都トレドに向った。






blog009_convert_20100417084856.jpg

迷路のように入り組んだ道や石造りの建物や石畳の町並みは
まるでお伽噺の世界に入り込んだようで
私たち姉妹を興奮させるのに十分だったが
トレド観光のハイライトであるトレド大聖堂(カテドラル)に
一歩足を踏み込んだ途端に二人とも言葉を失った。
生まれて初めて目にする大聖堂の内部の建築様式
きらびやかな祭壇やステンドグラス、天井のフレスコ画に
感嘆のため息とともに涙がこぼれた。
私と並んだ姉をみると姉も涙を浮かべていた。

お互いに「すごい。」と
ひとこと言葉を発したまま呆然と長い間
立ちすくんでいた。






02toledo_convert_20100417085409.jpg

私は高校を卒業するとすぐに進学のため実家を離れたが
姉は両親の住む家から一度も外に出ずに
結婚をし子供をもうけ、父と母を看取った。

この姉が両親との日々を送ってくれたおかげで
私は家を出て現在まで自分の好きなように生きてこられたのだと思う。
晩年の両親との暮らしで大変な苦労が姉にはあった。





blog011_convert_20100417084920.jpg

父は私たちが幼い頃から、姉をこの家の家督にすると
口癖のように言っていた。
幼いながらも、何故私ではなく姉なのだ?と思ったりしたのだけれど
おそらく父は、姉と私との性格の違いを見分けて
そう言っていたのだろう。
反発心の強い私は家を出て、素直な姉は父の思ったように家に残った。
この旅行中にはまだ両親は元気で生きていて
姉は安心して家を空けられ、
私は中学生と小学生の息子を二人だけで家に置いた。
祖父母と一緒に暮らし、祖父母から色々なものを与えられて
何不自由無く暮らす姉の子に比べ
なにも与えては貰えない私の息子たち。
身勝手な母親が旅をしている間、
二人だけで留守番をさせられている私の息子たち。

例えば両親が姉の子に豪華8段飾りの雛人形を買い与えた時に
我が家ではベランダ用の小さな鯉のぼりだったし
向こうにエレクトーンを買い与えても
私の次男の出産祝いはわずか三千円だったし。

その時分は何故こんなにも不公平なのだと思い
自分自身や息子たちは愛されていないのではと思ったりもしたが
今から思えば、そんなものを与えなくても私は自分の力で生きていくと
両親が信じていたからなのだと思う。
何も与えなくとも、母親が勝手をしても逞しく成長する孫なのだと
祖父母の立場から信じていたからなのだと今ならそう思える。

両親の信じてくれた通りに、
私は自分の力で自分の思うように生きて来て
二人の息子たちは逞しく成長した。





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大聖堂のステンドグラスを見上げて涙をこぼしている姉が
自分の末っ子の女の子にこの光景を見せたいと言った。
3人の子供のうちの一番下の子に見せたいと。

当時中学生だった姉のこの3番目の子が
一番好奇心が旺盛で、活発な子で、後にこの子だけが
地元を離れ上京することになる。

姉はこの末っ子ならば、この感動を分かち合えると
その時に無意識に思ったのだろう。
上の二人の子供ではなくて、末っ子に見せたいと思った。

親というものは無意識に子供の特性を見分け
その子、その子に合わせて育てていくものかなと思う。
人は生まれ持った性格と与えられた環境の中で知らず知らずのうちに
出来上がった役割を無意識で生きていく。






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姉は田舎に残り両親と子供達に囲まれて生き
私は都会に出て二人の息子と生きてきた。

そして私が姉を連れてここまでやってきて
姉は黙って付いて来た。

それぞれの役割の中で
それぞれの人生を想いながら
それぞれの旅をしたのかなと思う。





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